
こんにちは!カーメンこと宮澤郷介です!格ゲー制作の「やられ」について。
まず「やられ」とは何なのか。普通にファミコン世代にとってゲームとは「やられるもの」です。ゼビウスを始めると敵が飛んできて弾を撃たれて被弾すると「ちゅどーん」と死んで巻き戻ってやりなおし。
これ、ゼビウスのような未来世界でも現実世界をモデルとしていて、戦闘機が被弾したらエンジンあたりで爆発が起きるというのをゲーム世界でも表現したものなので、現実世界で考えると「そりゃ被弾したら墜落するでしょ」と、こう思う人がプレイヤーからゲーム業過を目指す人に一定数いるわけですが、自分でプログラムしてみるとビットマップを画面に投影してパタパタアニメで動かしているだけなもんですから、やられるだけでも被弾をプログラムで判定したら「やられた絵」を描いて組み込んでやらないとやられることも出来ないわけです。
その目線でストリートファイターのような格闘ゲームを考えると、つまり設計から入った時に「やられ工数」がボタンを押してキャラを操作するのと同じくらいかかるのではないかと予想していたんですよね。

そう、「やられは後から作り足そう」と思ってマイキャラから絵を描き始めたのですが、すでにやられ絵なしでダメージ判定を付けて、ゲームっぽく遊べるアルファを作ってしまったんですよね。その続きを先週末くらいからやっているわけですが、傍目には作業が「デバッグ」に見えているようなんです。「やられないのはおかしいからプログラムのバグを取っている」という風に。
けど、実際は違って「やられる世界」を描画して投影して行っているんですよね。
それで、ひとまず写真の絵のように首を反対に向けるだけでパンチを喰らって顔が反対を向いた絵を作って、ボディブローだろうがローキックだろうが全部この「やられ絵」でひとまずプログラムをしています。
文句を言われるのが面倒なので、パンチ連打だけで「永久コンボ」になるようにしておきました。
確かにゲーム業界といえど客商売で100円入れるのがお客様だけど、ストリートファイターIIを作った頃のカプコンは恐らくですけどバブルの投資マネーがあって、円を溶かして消費者が100円の意味をあらためて分かるようにアーケードゲームを開発したのだと思っています。出資者が大半のお金を出して、子供の小遣いで遊べるようにするのが事業の目的。
その後にプレイステーションの普及などあるわけですが、アレは家電大手がゲームソフトの工数を見誤って、クリエイターが面白いものを作るのにタダではないけど薄給で働いた時代に出来たものを「その値段で作れたらお金が儲かる」みたく踏み込んで、倒産した会社が沢山出たんですよね。見積もりはあくまで俺の「当時予想」ですが。
それと並行して、ゲーセンに「インカム屋」というのが出てきたんですよね。クリエイター、プログラマーが頂点のゲーム世界でも、ゲーセンは客商売。ゲーム屋はゲーセンに基盤を買ってもらわないと売り上げは出ず、ゲーセンの基盤の価値はインカムつまり100円玉をどれだけ稼いだかという収益率で基盤を査定し始めるのです。
ゲーム機あってのゲーセン商売が、お金が入り出したら客商売になって、コインを特定のゲーム台にジャラジャラ入れて「俺らはインカム出してんだよ!」というお客様は神様ですという悪しき文法に則ったユーザーの意見をゲーセンを通してゲーム屋も聞かないといけなくなった。まあ広義のクレーマーですよね。
俺も高卒から専門学校に行く間に学費も含めてゲーセンバイトで賄ったので、この「インカム屋」には長い間ずっと目を付けられていました。パソコンゲーム会社からもお給料もらったし、それに情報処理技術者として公人としての側面もある。
ホントはそういう法律は「法の目の抜け穴」という言葉があって綿密で探せば抜け穴があると犯罪者は考えていても、公務員まで出世すると反対に「ザル法」と言って、水や砂のような細かなものはすくえず、ザルで取れるような大まかなものしか捕れない。
行政をする側の人間として市民の監視を受けながら「いちいちうるせえよ!」と不良のメンタルが抜けず、けど自身も高卒で仕事が無い時の友達の輪も抜けられず、がんじがらめの時期がありました。
けど、その中でも憧れてきたのはカプコン社のストリートファイターのようなゲーム職人さんの作ったきめの細かいゲームで、ザル法では捕まえられないような市中の小銭である100円玉をひとつのゲームソフトのコピーが入った無数の筐体で相当にジャラジャラと自動でかき集めていると、こういう風に見て取ったわけです。すごい機械だと。
そう思ったからやっているだけで、インカム屋の入れる100円、制作者に文句を付けるために叩きつけるカネが目当てでやっているわけではないので、客商売で客を差別するのかというご批判はまああろうかとは思いますが、そうではなく人がやりたくてやっている事で自動で100円が集まる機械がまさに職人気質でカッコいいと、こう思うから始めたことですので、カネも入れる前から手伝うでもなくタダで遊んで「ここをこうしろ」みたいなクレームを受ける気は全くありません。
とはいえ、職人としてはまだ未熟に思っている部分はあります。100円玉はまだ集められていないし、ソフトウェア技師としてプログラムは組めても「やられ」ひとつの研究も知識としてはあっても、音にしろ絵にしろまだまだ未熟だなと。
そのうえ、ゲーム会社の大手は大企業体質で売り上げ至上主義になるなら悪しきお客様主義になるかもしれず、その中で公務員に復職するかゲームを作るかという選択は個人的にも非常に悩ましいのですが、まあそれでも頑固職人になるには柔らかすぎるソフトの人間なので、態度をあらためてもう少し柔軟に行けないかなとも思います。
設計とか、そういう工学的なモノがゲーム世界にあるのかと問うと「やられ工数」を最初に見積もれなかったのは、設計者としてもまだまだだったと反省の辞を述べて。
今日のお話はここまでです。読んで下さってありがとうございました!