存在自体が噓みたいな少数派のファンダメンタリスト

 こんにちは!カーメンこと宮澤郷介です!牛乳配達の空きビンをよく出し忘れます。

 何というか、俺は神の奇跡を信じてきたタイプです。口伝の嘘には厳しいくせに本にそう書かれているとそう書いてあると思ってしまう、もちろん雑誌等に誤りがあることはサンギュラのダブルラリアッ上からも分かるはずなのですが、本当でないといけない活字に誤植があることが他の人以上に何故か本当に愉快で、しかし誤字には気付けてもそれは読むときに正字に変換され、ザンギエフのダブルラリアットがどんな文脈で出て来たのか字の間違いだけ覚えて当該記事の内容がすっと出てこない。本って賢い人が書いているから、なかなか見破れない騙しのロジックに満ちているんです。

 むしろ現代社会はテレビにネットがあって本を読む人自体も少数派だし、信じてもらえるかは分からないけど、俺はギターの弾き語りが出来て絵が上手くて常人の何倍もプログラムが書けるんです。パソコンの前にずっと座っていて、SNSで出来る界隈と思われるアカウントと繋がっているもので、そういう人って方々にいるものねと思って「それくらいの人たくさんいるよ」と言ったこともありますが、ギターは1年以内に諦める人が9割、マンガ家の人口にはアマを入れて0.2%、プログラマは逸れよかもうちょっと多いけど同じく0.3%くらいで、それが全部重なっている集合論的な部分集合の人間が超レアなのかというと、ギター弾ける人はマンガも描けてプログラムも組める、極端かも知れませんが、ギターの上手い某氏が「俺ホントにこれしか出来なんだけどマトモな仕事できる人が羨ましい」とこぼして「国家試験てのがあって資格取れるとその人に優先的に仕事が割り振られるんですよ」ということを伝えると一撃で電気工事士の資格を取って来たようです。

 こういうの、信念があって諦めないごく一部の人の特性みたいですよね。自分には出来るという信念を持っている。出来るまであきらめない。たとえそれが実際に見た事ではなく本に書いてあったことでも、具現化するまでやってみようとする。そういう人をファンダメンタリストと言うそうです。言いようによってはイスラム過激派とかも。

 「ホントにそういう人いるんやって」と言っても大方の人には存在そのものが嘘みたいな人物。率で言うと1%を割っているわけで、多数決なんかじゃ勝ちようのない勢力。

 あるいは科学万能論者もそれに含まれるのではないかと思うんですよね。確かに現代のIT機器はすごいけど、何ミクロンとかの精度で動くマシンが、市販のケータイ並みに丈夫なのってホントに奇跡で、初歩的なコンピュータなんてピンセットで器用に取り付けないと指で触ったら「ふにゃッ」と負けるような細かい部品群で出来ていますから。

 そしてスポーツ科学が科学の中でも分けられているのも、アスリートの記録が前人未到に達した時に科学って誰でも同じ結果が得られるから科学だけど、論理客観実証の三要素はそのアスリートの記録と共にたった一人の人間に宿っている事になる。これも再現しようとしたら、運動から食事から睡眠まで相当に色々な試験を受けないといけない。

 そういう粒度で見て言ったら、スゲー下らん話だけど、ストIIの投げハメって「返せない」のほうが一般論なんですよね。これ雑誌紙面でもリバーサル昇龍「出る派」「出ない派」でライター毎に意見が違ったという括りで終わったことがあるんです。

 結局俺はまあこのブログ書いてるけど、ライターとしてより本業はプログラマで、ただコンピュータとディスプレイが同期して、1フレームが12分の1秒でビデオひとコマだけど、ファミコンでは1フレーム60分の1秒で、それをビタ押し出来るだけで、結構に人を選ぶ才能なんだと考えをあらためるに至りました。

 自分はそれが出来るから、人にも教えたら出来ると思って出来ない時に「鍛えてやらないといけない」みたくなったら、それはもう病気で鬼コーチとしてしか存在理由がありません。

 ああ、これは人には出来ない事なんだなと多数決の結果を見るにあたり、かといって自分が特別だという驕りになってもそれはそれで人間関係が上手く行かず、さてこの先何をどうして生きて行ったらいいのだろうと路頭に迷っているところです。


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