正準相関から少しズレた人

 こんにちは!カーメンこと宮澤郷介です!今朝はSQLiteでデータベースを作りました。

 俺はこのゲームブログでちょっとしたネット有名人(?)になってしまったかも知れませんが、SNSを始めて作った時にブロックのやり方が分からずケータイが通知まみれになっていちど消し、10年くらい前に作り直したアカウントは友達の友達くらいまでのつながりで、近所が少し噂話でうるさいときもありますが、平凡です。

 経歴に紆余曲折はあるものの、俺が自分で変わっていると思っていたことは論理学での是非対立が友人との会話でまとまらないこと、よく善悪のような二元論ではなく二次元のx,yで座標を取って、四象限でモノを考えてそれに集合論もよく使うのですが、分かる人には分かるということで、分かってくれる相手と仲良くなりました。けど、なんで分からない人には分からないか哲学を掘り下げると分かって来たのです。

 例えば二元論で「強い弱い」を論じていた人がお金の話を持ちだして「貧乏カネモ」に分けると、だいたい貧乏弱いカネモ強いと二元一致に戻してしまうんですよね。俺は四象限で貧乏弱い、貧乏強い、カネモ弱い、カネモ強いに場合分けするべきではといちど分けるわけですが、二元一位は論外としても世の中大抵は貧乏弱くカネモ強い。これを数学で正比例と考えるのは過ちではないかと訴えたいのだけれど、もうちょっと勉強して統計学になると、貧乏とカネモの関係と弱い強いは正準相関があることもこれまた事実で「例外はあれ多くのケースでそうである」と取ると、元の二元論の二元一致が直感的にそうであるように、正論はある程度正論で、それを数ではなく是非論としたときに例外があることを排して是であるとするのは「分かりやすい」ですよね。

 けどまあ、それはそれで、ウチは親父がカネモで母ちゃんが田舎から来ていて、まあ母ちゃんは悪くは無いんだけどロックの言う「人間は白紙の状態で生まれてくる」という哲学感が無くて、けど生物的な遺伝は信じていて親父が良い学校を出ているから頭が良くて結婚したら賢い子が生まれてくると信じていたけど、普通の赤ちゃんで幼稚園の時はバカみたいだからその時点で諦めたということが分かってくるわけです。

 俺はまあ見る人から見たらハクチで障害とハクチは似て非なるものだけど、多くは幼少期の親の「あきらめ」にあったと分かるようになったんですよね。けどまあ御年48歳で親の所為も無いだろうと自分で自分を守ってどうにか育ててあげられないかと今でも幼少期からの数々のトラウマにそっと触れ、癒してあげる生活を続けています。

 「正しく育ててやれば人はちゃんとする」という哲学観の下で自分の非を認めて間違いのない事を学ぶ。間違いのない事なんてあるのか、という哲学観もまた、是非論にするとどっかに間違いはあるんだろうけど、常識的価値観と真っ向に対立するだけの力があるわけでもないのだから、大体の人がそう思っている事は神経を逆撫でしないように「そうですね」で渡って行くようになって来た。

 日本では義務教育、高等教育、大学教育、専門教育などで教えてもらえることが違うがゆえに、それがそのままヒエラルキーとは言わずとも、正準相関で役職や年収が違う。もちろん平等を訴えて何かが低いものは何かが高いものを責めるけど、文句の言い合いで筋が通っているかという所で筋の通った難しい事を言い返されて負けてしまう。

 それを打破するだけ独学で勉強を積めれば良いのだけれど、日々の生活が苦しいと勉強の余力もなく、卒業後の追いの勉強で取り返せる例外は家がカネモだからで一旦は正準相関から外れていても、元さやのようにレールに戻ってゆく。俺は多分そういう人。

 辛いけど、元に戻れたのはゲーセンやトレカを辛抱して家でプレステで遊んだから。それもカネモの典型で、小学校でビックリマンに誘うのは悪ガキだったし、中高でゲーセンに寄り道も不良だった。いっときはその中に自分の居場所を見つけて悪友との間に心を許してしまった事があるけど、専門学校から就職して病気になって失職するまで、ずっとその関係に足を引っ張られた。

 いつの間にか、相手方の方から距離を取ってくれた。犯罪まがいの商売で日銭を稼いでゲーセン代やトレカのパックに使って遊ぶ界隈から、一緒に遊んでいたのにサラリーマンになった俺のお財布が羨まし過ぎた。それが失職したら同じ氷河期世代で仲良くなるかと言うと、実家が太くてサラリーマン時代の福利厚生のお陰で小遣いまで持ってる。だから、悪友との関係で出た損失については、今は収入が頭打ちなので何とか増やしたいお金の勘定ばかりすると「あの時貸していなければ」と昔の関係のはした金を今の貯金に足し込めたらみたいな感情がわくんだけど、もう肩代わりしなきゃならないカネだったと諦めようと考え始めている。

 いちどは外れたわけだから、並の暮らしのレールに戻って、そこでブレなく進むためには追いの勉強がいるという自覚がハッキリと芽生えてきた。だから今は35歳定年と言われた派遣PGの仕事の延長線を探すのではなく、違う仕事で経験を活かせるものはないかとか、ちょっとは進歩的に考えられるようになってきている。

 悪友が悪友で、正しい道なら良い人ばかりかと言うと、決してそうではない事も考えに入っている。こればっかりは二元論か正比例か四象限かそれともこれも正準相関かという風に俯瞰では見えず、どんな道であれ付き合う相手は慎重に見定めないといけない。全ての人をいちど訝し気に考えてしまう罠にもハマった。

 自分だってズレてきたわけで、何もかも正準相関でも正比例とか二象限ってことはない。むしろ俺の哲学観は多次元に突入しようとしている。けどそんな難しい事を上の空でふわふわと考えるよりは、データベースの勉強でもして、その使い道はITなんてカッコいいものではなく、取引先リストや在庫管理みたいな現実的なお商売なら仕事はありそうだ。

 ああでも突き抜けたかったなという思いは、俺が突き抜けるのではなくはみ出ているだけでも、成人するまでは母親もメシの支度はしてくれたわけだし、育てられ方に文句はあっても普通以上に良き家庭で育ったのだ。その幸福を自ら手放してしまわないように気をつけて生きて行かないと、とかく世の中に出ると敵は多いものだと思ってしまう。

 それでも時々ストIIやトレカはしたくなって、暗い趣味で終えるのと盛り場に遊びに行く誘惑との間でもがきながら、ギリギリの自制心で正気を保っているんだ。


🄫1999-2025 id:karmen