
こんにちは!カーメンこと宮澤郷介です!今日も何事もなく過ごしております。
最近と言うと、NHKの朝ドラ「ばけばけ」が終わって、新しいのを見ていないとか。テレビを消して生活することが増えたんですよね。いや働いている人の普通を考えたらテレビは朝晩だけで昼間の番組ガッツリ見るのは主婦だけだろうとか思っていたのは昔のことで、そういう視聴者がいるとなると俺から見て面白い番組が昼間に増えてテレビメッチャ面白かったけど、あんまり見過ぎはダメよねと自重しました。
あと哲学で「平行線の議論」とか「線引き」みたいな言葉を使うのって言葉の引き出しとして平面図的にモノを考えがちというか、先日のカネモと学力の正準相関にしても、カネをⅩ学力をYと取った時点で「どうしてカネと学力が直角なんだ?」という素朴な疑問を投げられて、まあそれもそうよねと。視覚的には分かりやすいつもりが、例えば「カネモ」というのが幻想で、部屋に金銀財宝があることと勉強には何の関係も無いかもしれず、それに「学問に王道なし」という古い言葉がその昔に王子の家庭教師が「王子様、学問にラクな道は無いのです」と諭したという事を考えると、相関があることも疑わしいと言えばそうで、自分で全部調査したわけでもなくメディアで知って「ふーんそうなのね」と思いがちなのも危険だし。
まあ論旨としては親がカネモだと部屋に金銀財宝があることや通帳にケタの多いインクの染みがあることよりも、それを私立学校や家庭教師や塾や学参に多く当てる傾向が直近30年ほど統計的に続いていて、世代が変わると高学歴高所得で子供のスタートラインに差が付いていたら平等が失われるというような議論であるわけで、せめてスタートラインは同じにしろというなら、大学卒業はゴールなのかという問題も出て来て。
そうさね、学校出たら働く。勤労の義務もあるからね。けどまあ、子供の頃は法律なんておかしいとこだらけだと思っていたけど、子供ながらの合理って数の比較や直感的図形くらいなわけで、数学を学んでもういちど哲学してみると見事にデカルトくらいで止まっていて、ベーコン、ニーチェ、ロックなどがスイスイと入ってくるわけですが、カントまで行ってから世界史が再浮上したことも合わせると、カント的な目線で法律に戻ると、そりゃ世の中にその法律が出来たときの事情や実際問題を知らないとチンプンカンプンなもので。
ともするとSFの世界のパラレルワールドは「ある」派の四次元くんだったんだけど、同じ宇宙の同じ地球でも個々人の観測できる範囲は限られているわけで、出会った人と別れて別の場所で生きているとほぼ無関係な生活を送りながらも、心の中にその人のことは一度は入るわけで、人の心に自分が生きているならと思うと、そうさね本をたくさん読むことは時空を超えて誰かと対話すること。賢いとされた人の本に学んで今があるわけです。けど、それって高校生くらいまでで終えている人だっているだろうし、空間的には三次元くらいまでしか考えられない頭でデータベースやエクセルを読むと一般の人に数学の文字式が分からない事があるように、反対に数字が升掛で羅列されている事の方が何のことかわからないという時期は俺の個人体験としてはあってさ。
そうさね、複雑なER図を読んでデータベース構築とか出来るようにならんきゃなぁ、と思う俺は俺で将棋をプログラムでコンピュータに考えさせるとか変な奴かも知れないし、けど情報系で48歳まで続けたならそんくらいで普通なのかも。いや普通は35歳定年か。やっぱ普通じゃないのか!もうちょっとオタクでも良いかなみたいな。
そうして考えてから親父がスーパーでカツ丼を買って帰ってくれると、最近ドンブリの白飯の上にプラ皿を挟んでカツ丼の具とご飯がいつでも出来立てみたいに乗っけられるレンジ調理前提のカツ丼だったのが、普通に具とタレガかかっていて弁当箱の中でメシがカツ丼のタレをちょっと吸ったような、いつもの味のカツ丼に戻って安心した件。
そうそう、これで良いんだよ。って誰に向かって何の話をしているのか俺にも謎。