
こんにちは!カーメンこと宮澤郷介です!今日もロマサガを30分ほど。
うーん、30分というかバハル高原に挑んでゲームオーバーになったのと挿入歌を全部聴いたの入れたら昨日と一緒で1時間くらい遊んでいるんですがね・・・。
ムズイ。ムズすぐる。ジュエルを使ってレベルを上げたら敵も何だか強くなる。どうやったら敵より自分の方が強くなってラクになるんだこのシステム!?
というか、ドラクエとかFFの戦ったら経験値が貯まってレベルを上げたら敵の強さは一定だから「あんなものは小学校でも解ける」と言っていた中学高校くらいでロマサガがSFCで出て、全然勝てないまま「勉強するから」と持って置けば良いのに中古で売ったのをゲーセンで知り合った辻という男に盗み見られ、「ロマサガメッチャオモロイって!」と付きまとって言われるというトラウマ体験があったのが40代くらいまでずっと心の片隅に残っていて、それでPS2版でもっかいやろうと。
子供の頃の俺はカネモのボンだったから、まあ資産家の一族として一番弱い子供を狙うというので本当に色々な罠や外敵と遭遇しました。誘拐とか殺人まではされていないけど、よくこの世で生き残ったと自分を褒めてあげたいけど子供はまだだし、ともすると子供出来てもまあ社会に揉まれて大変だろうなという心配を出来る前からしちゃう。
その意味ではロマサガをアルベルトで遊ぶのはとても自分の境遇に近いわけだけど、この敵も強くてハマる感じまで近い。けどまあ戦闘で何とかしようとするのではなく、手持ちの金とジュエルで出来ることを最大限探して街を往来して、何かワンポイントでも強くなる要素があればそれでギリギリ次の敵にも何とか勝てるきっとそういうバランス。ハマるように出来ているわけでも無いだろうという希望的観測。
昨日のプレイでググっと進んだのはトラウマの解消にだいぶなったけど、また詰まって来ると「ロマサガメッチャオモロイって!」という辻の言葉が気味悪くぶり返す。
しかしまあ、小学校でも解けるドラクエやFFでも買うお金と遊ぶ暇と根気が無いと解けないのも事実で、なかなかそこまでRPGしないのは「RPGでレベル高いの偉い」みたいな価値観の競争相手もいないからなんだけど、例えば普通の人が皆出来るショッピングモールの駐車場みたいなクルマでいっぱいのところのバックの駐車みたいな普通の事が苦手で「俺苦手だけどみんないつの間にどこで練習したんだろう?」という不思議が「ドラクエとFFが解けるの普通って言うけどドラクエXとかFF14とかのレベル上げや仲間作りはどんなふうにしているだろう?」みたく、普通の人が出来ている事が自分は実は出来ていないのではないかと疑うようになり、その目でロマサガをもう一度見ると、初期のドラクエやFFが易しいだけでロマサガくらいの難易度は普通では無いのだろうか?だって中学校ってみんな義務教育で出ているわけだから「小学校かよ?」という煽りが世の中にあるわけで、ゲーム好きで中学くらいになったらロマサガくらいは何周もしちゃうものだろうか?とも思ったりするのよな。
ただやっぱ、普通の尺度を考えるとゲームするのは少数派だろう。けどネットでブログ書いていてそれをPCやスマホで読む人を考えると、パソコンゲームやスマホのアプリで遊ぶだろうから、んー、どうかな。人並みの基準からして段々と分からなくなる。
というのも、日本人でも団塊からの横並び気質が「出し抜くのは悪でみんなでやる」だから情報共有は大事だし、団塊ジュニアと就職氷河期は多少のズレはあれ被っているし、非正規でも働くというのがともすれば「団体で良い労働条件を勝ち取るまで働かない」というニートの輪から抜けようとしていて、その団体交渉の連絡網にネトゲが使われているとしたら、ネトゲしないで働いていた俺がネトゲのニートに全力でスパイされたというのも納得できる話になる。
格ゲーやトレカで接触してきて、あるものはただ「ボクも派遣SEで」とうそぶき、あるものは「どうやったら成れるの?」と尋ねて来て「C言語とか自習して作品作って面接受ければ良いんだよ」というと「ふざけるな!」と怒るものもいたけど、いつの間にか職を得てそうなったら格ゲーもトレカも俺との連絡も用無しになる人もいた。
まあ非正規雇用とはいえ派遣SEも胴元はCSKとかパソナという大きな母体があって、同年代で派遣はそれはそれで広い横のつながりがあった。その広いつながりも俗に35歳定年説が言われるように、大体の人は40代になったら違う仕事をしている。競争もある。その意味では俺は40歳まで続けて、今も勉強していたらそれはそれで同年代の派遣SEの輪でもみんなで行くのではなく出し抜いてしまっているかもだ。
気味の悪い事件と見ることも出来るが、日本人の気質からしてアメリカ人やイタリア人みたいにオープンだったりフランクだったりするのがこの国では異常で、ひそひそしていて湿っぽいほうが普通かも知れない。
まあ、ブログに自撮りも住所も晒していて、今更個人情報も無いだろうという気もしなくもないが、頑張ってロマサガをもうちょっと進めてみようと思う。この何もすることが無くてゲームでもしていたら、ひょんなことで謎が解けて先に進める感覚が俺にはまだ足りていないのかも知れないと何処かで思う。
というか、ともするとこのロマサガのようなゲームが少し気味が悪い。辻さんのせいだけじゃなくて、ただの楽しいゲームというより、何となく簡単なゲームに勝って喜ぶ子供に対する悪意みたいなものと、そんな悪意を顕在化させるためにゲーム世界をひとつ作り上げてしまうゲーム会社のチームそのものにも何か異常なものを感じる。
そんなことはロマサガに始まったことではなく、アーケードでもパソコンでもそうだったろう。ファミコンで遊んだドルアーガの塔だって、アーケードで初めて店頭に置かれてからクリアされるまで相当に不気味な代物だったのではないだろうか?
そう思うと、毎日会社があってお給料が入って何も考えなくても目の前の仕事をしていたら定年が来て年金生活の老後が来るような人生観のサラリーマンが道から外れた時にどうやって対処するのか考える上で、ゲームのひとつも解けないようでは何も出来ないに近しい、等しいとまでは言わないが、近しいものがあるようにも思える。
ひとまず生活するカネはあって、テレビを見て過ごすのではなくゲーム機でゲームをするわけだから、その退屈に対して何らかの知恵を授けてやろうという悪意の反対の何らかの意図があるものかも知れないわけだからな。ゲームは単純な快楽製造機では無いという風に思わせてくれる1本ではある。俺にとってのロマサガはそういう位置づけ。
まあ、ひろゆき氏の言うように「ゲームはクリアしてから感想を書け!」という話に則れば、今は感想はまだ言ってはいけないと思うが、解き方をネット検索してしまっては謎に挑む意味も無くなるのでいや攻略本も併せて買ったんだけど読んでも何から入れば良いのか良く分からないゲームではある。
ハマる時はハマるのかな程度に思っておけば解けない事にそこまで悩まないのだが。
うむ、放っていたが、やはりもうちょっと解こうと頑張って向き合ってみるべきかもな。まだ「詰まったかな?」程度であって何をやっても進めないというほど「どん突き」まで行く前に「七面倒だ」という思いが勝っていた。けど「はいはいどうせこれやってろって言うんでしょ?」みたいな展開とはチョット違う所が面白いかも。