今日のカプエス2(Aサガット・ブランカ・ベガ)

 こんにちは!カーメンこと宮澤郷介です!今日もAサガット・ブランカ・ベガ!

 俺はゲーム研究と称して格ゲーや将棋ソフトをしているけど、よくよく考えると「そんなものに強い弱いがあるのか?」という問いに、もう本当に覚えたての弱い頃にメチャメチャ大敗を期して「どうやったら勝てるんだろう?」と悩んだ時期があったんですよね。

 そしてそれは裏を返すと賭場の質の悪い罠みたいなもんで、ハメられたわけです。これまでのゲーム研究からすると、キャラ差とか定跡とか既に乗り越えてきた部分がほとんど。

 ただ、負けの記憶が遠い過去なので、同じ相手にリベンジして克服するというマンガみたいなカッコいい体験が出来ずに、いつしか誰からも相手にされずとも独り研究を続けているという勝負人生の構図が見えてくるわけです。

 そして引いた目で見ると、技を磨いて策に負けるというか、自分のあこがれのスター選手もまた運営という大きな目で見るとひとりの参加者で、自分がトーナメントに出て勝ち抜くとすると、1000人リーグを戦うわけではなく10回戦くらい、その中にいる当て馬との戦いが本戦になるんだと冷静に考えられるようになりました。

 それに対して、普段はコンピュータ対戦の勝ち抜き戦をクリアするくらいの練習しかしていないわけで、実際はもっと場面を絞った極端な練習をしているか、あるいは練習などコンボかブロッキングに縛って八百長で決まっているか、まあ真相は知りませんが、俺自身がほぼほぼ八百長で勝たせてもらった経験もあり、ただそうなってもトーナメントに八百長破りというか、視聴者参加型番組みたいに「勝つぞ!」と意気込んで出て来た人が本当に勝ってしまうと運営を困らせる展開のトーナメントも体験したことがあります。

 地方からの参加者のひとつとして「ホントに勝っていいんですか?」てのはあるよね。その実際から考えると俺はまだまだ「ホントに全員ガチになったら勝てるものでも無いだろう」みたいな恐怖心がまだ残っていて、その正体は少年期の大敗にある。成功体験を信じて来ているようで、大敗があるから反対の立場もあるだろうというのが出発点だから、いつからかそこそこ強くなって連勝を打ち立てたものの、それが素直な賞賛を受けるのではなく「初心者狩りやん!」などの非難を受ける格好で終わっている。

 けど、それも場面を変えると100人組手とかになるわけで、言い方ひとつの心理戦でずっと追い込まれてきたってのが落ち着いて考えると見えてくるんだ。

 冤罪でも弁護士が立たないと犯罪者の汚名を着たまま終身刑になってしまう。シャーロックホームズは難事件を解くけど、アレが痛快なのは子供だけで社会の中で警察の不手際で図らずとも悪い立場に追い込まれる人だっているわけで。

 確かに、悪びれずにいるが賭けマージャンにストIIにトレカは常習賭博みたいな犯罪者に入るかもしれない。堅気になるには足を洗うしかない。そこにも世界があって、隅々まで知らないと終われないという行き過ぎた好奇心から身を滅ぼしている。

 もう一度よく考えると、お金の無いものが賭博の体を取ってお金持ちを誘ってゲームでお金を取っているので、同じ相手からリベンジしても取り分は食って腹に入れられたらお金としてはもう取り返せない。

 Aサガット・ブランカ・ベガという強キャラでも、走って来るサガットと同キャラとかだとしんどいだろうなというような、悪いイメージも浮かぶ。じゃあ自分が走る方を取れば勝てるかとか、新しい事を研究しているんじゃなくて、既存の枠組みでの有利不利で大会というような参加者の大勢いる場で自分が出来ることは練習が全てなのかという迷いは弱気に思えるかもだが、正しいとも思うんだ。

 勝てるときはそこまでしなくても勝てていて、負けるときはどんなにやっても負けるんだよな。

 そして今の深層心理にはその「どんなにやっても負けるとき」お金を持っていない人がゲームでお金を取ろうと全員で必死の体制になっている時みたいな、その時を想定するんじゃなくて世の中もうチョット浮いた金はあるよというと、ゲーセンでも麻雀でもパチスロでもトータルで考えるのではなく浮き沈みで考えたら勝つ時はあるわけで充分勝ってんじゃんと思うことも出来るけど、繰り返しになるけど常習賭博は足を洗うしか出口は無い。

 勝って稼げるようになるという幻想と、大敗を期した時の相手の身なりがみすぼらしかったことを擦り合わせると、まあ今は俺の方がみすぼらしいくらいかもだがな。

 ゲームそれそのものの成り行きについて研究するよりは警察とか探偵みたいに携わる人ひとりひとりの実情に即するべきだと思うと、今の俺は反対にネットで名を売ることでかどうだか、世間から探られることから身を守るように生きているのかもな。


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