
こんにちは!カーメンこと宮澤郷介です!手に持っているのはそろばんです!
スゲー逆説的なんですけど、プログラミングって計算が出来ないと難しいんです。少なくとも俺はそう思っています。
まず、8ビットマイコンでも8ビットで10進数が0~255まで計算できることとか、2進数と10進数の変換とか、二進数で考えても8ケタあることが難しい。
「そんなの簡単じゃん!」と思ったそこのあなた、あなたは計算できています。
手に持っているソロバンはシステムエンジニア足るものサイエンティストであり科学者たるものまず数学者でなくてはならないという意志から、数に強いって言っても小学校の算数くらいなら出来たけどソロバン速い人とかもっと速いからなぁ、と一度は練習してみようと割と年食ってから30過ぎてからですかね、買ったものです。
まあ将棋にしてもまずCHAR型の81個の配列というのが最初の大きな壁です。俺はこれ自然に出来たんですが、人に教えるときまず頭の中で9x9の81升の将棋盤をイメージ出来るかというところが難しいようで、パソコン上にメモリ空間があってCHAR型が1バイトだったか、それが81升あるわけで648ビットが81升であるとか、そういうことを図形的に数と変換して考えられないと、そもそもプログラミングが始まらないわけです。
まあでも最近はパソコンの横に8ケタ電卓を置いていて、パソコンでプログラムを考える前に8ケタ電卓で数字を打つだけで用事が終わることがほとんどです。ソロバンも子供の頃に猛烈にやって速いならともかく、30代からやってもダメでしたね。
まあダメと言っても将棋ソフトは出来たわけで、強い弱いの意味でも十分出ていますが、何かの1位にはなれなかったです。まあゲームタイトルの1位ならありますが。
まあ諦めずに数学をやろうと思ったのは森博嗣の小説「すべてがFになる」の登場人物である犀川先生が鳥が飛び立つ時に何羽だったか数えていたというようなエピソードに端を発し、恐らく原型にはコナンドイルのホームズが階段を昇る時に何段か毎回数えているというのがあるかもしれませんよね。あと俺は専門卒ですが、25歳でソフト3年目「コンピュータなんて3年もやれば」と言われた時に専門学校じゃなく大学行ってたらどうだろうと、東大教授や東大卒の著者の本を本屋で探して読み始めたときに「数学は必要」というのを強調して覚えているのは特に自分がそう思って読んだからで、本の隅にチョット出て来ただけで数学の本では決してないのですが、そういうことです。
まあでも今では数学も科学も万能ではないとどこかナメているきらいがあります。工業化社会でローマ・ギリシア時代からの数論が大活躍したのは俺の親父の団塊の世代であって、俺の世代は就職氷河期で出来たものをメンテするしか仕事の無い時代。耐用年数が無限でないオートメーションはその運用期に国民の工業力を奪って、何も出来ないまま世に放り出されて古い機械を勉強しなおすしかなくなったのが25歳の時。
それでもプログラマとしてソフトウェア開発にしがみつき、とうとう身の回りの事もろくに出来ないで48歳まで来てしまいました。死ぬまで何ともならないと思います。
親父の店も祖父の代では店に大きな桁のソロバンが置いてあって、祖父は毎日それで計算していました。親父は電卓で計算して、孫である俺はパソコンで計算しないでモノを書いております。くたばったら爺さんに天国で会えると時々死にたくなりますが、親父が先に爺さんみたいになりました。今日の話はここまで。ちな俺、独身です。