
こんにちは!カーメンこと宮澤郷介です!久々のトルネコ3異世界は216回目!
んー、まあ成績から言うと4~5階でモンスターハウスを連続で引いて力尽きたわけですが、ポジティブに挑戦出来ていますよね。「何とかなるかも」という風に。
以前は「こんなの絶対に無理じゃね?」から無理な理由を並べて諦めて、出来た奴が居るという情報には「俺には出来なくて誰かに出来る」ということを僻んでチートじゃねぇかとか、そうじゃないとすると俺は不運だとかどっか下手なのかとなかなか受け入れるのが難しかったわけですが、まあ記録で負ける以前に試行回数で負けているのは明白で、回を重ねると今まで見えてこなかったものも見えて来て。モンスターハウス2回引きに関しても、避けたら深く潜れるけどジリ貧になるのでマッシブに戦うかアイテムで何とかしたらレベル上げの時短になりアイテムも収穫できるしという風に。
まあ、繰り返すけど「上手くなった」かは疑問符でも「前向きに」はなっていて、これは別の趣味である格ゲーでも「論理的に考えて運になる」というそれ以上やり込まない理由を付ける前は「何かにつけ上達する部分はある」みたく掘り下げていました。今思うとバカで下手だったけど、賢さと錯誤した臆病さではなく前向きさがあったんです。子供の頃のファミコンみたいに負けても負けてもやる。これが中年になってくると「いつまでやるんだ?」とか「死ぬまでに間に合わないかも」みたいな焦りもあったのですが一生やるとかいうような覚悟は無いけど「今日の1回も頑張って丁寧にやる」です。
あとは競技に対する理解ですよね。「解ける」というのが昨今では目立ってそれが民意になってますけど、このゲーム発売された時から長らく「異世界は解けない」だったんですよね。怒首領蜂とかもジャンルはSTGだけど発売直後は上手い人がやっても解けなかった。その解いてゆくプロセスにリアルタイムで立ち合えていなかったのもひとつ残念ではあるけど、解けた人がひとりでもいるとまるで誰でも解けるゲームかのように市民は錯覚するもんなんだなと思います。
子供のおもちゃで誰でもずっとやってればそのうち解けるものみたいな感覚ですよね。その辺が「それすら出来ない人」という烙印を押されてもずっとやっていると「ホントに難しいんだな」というのがうっすら伝わって行っている。笑っていた人が引きつって青ざめていく。どうだ、分かったか!(何を?)
まあ、今回もダメでした。ライフワークにするほど没頭もしないけど、続けていたら見え方も変わって来て、なにより精神病人がポジティブな気持ちを少しでも持てたというのがおくすりも効いて来て、快方に向かっているんだと思います。