
こんにちは!カーメンこと宮澤郷介です!今日もGLAYの曲を朝から聴いています。
俺は何故BELOVEDを手放してしまったかについて、曰く「引っ越し」と書きましたが正確にはそれ以前に何もかもが嫌になった時期があるんですよね。
もともとBELOVEDというのは造語で、I am や He is の be動詞にlove の受動系を付けたわけだから、主語を持たず「愛される」を表現しようとしたものだけど、そのGLAYのBELOVEDの歌詞は「あなたを愛してる」であるわけで、どう考えても I love youなんですよね。
時系列としてはやや前後するかもですが、Mr. Children の「終わりなき旅」では「大きな声で声を枯らして愛されたいと歌ってるんだよ ガキじゃあるまいし自分に言い聞かすけど また答え探してしまう」があって「愛してる」を歌うBELOVEDをI wonna be loved にすると「愛されたい」になってしまうし「愛されたい 愛されない という名のブティックで」と歌いだすとTHE YELLOW MONKEYSになってしまう。
そういう風に、さんざからかわれても、GLAYに戻ってpure soulになると国語でバシッと歌詞がハマっている。俺はこの歌はもうGLAYのCDも全部手放して、果たしてGLAYのファンだったのかというくらいのところに図らずも他の人からの呼びかけで聴いて、そのときにようやくI'm lovedを願ってもI love youなら動詞的に思い込みでも出来るけど、be lovedはlove の主語が他人であるわけでどうしようもないと思って来たけど、傍目から見てHe is lovedではあったんだろうなと気付かせてくれる歌でした。
まあ、最近の科学では心というのは錯覚で本当は無いという説が唱えられていますが、それでも「ドーナツに穴がある」というと「ドーナツの無いところが穴じゃないの?」みたいな感じで、心も愛もあるように見えるところにはあるものだと思います。