図書館は多次元データベースであるって話と金満政治について

 まあ多次元と言っても普通は幾何的な二次元つまり平面と立体の三次元が結びついて四次元というのを幾何学的には人間が想像することは難しいと思う。四次元を物理的に表そうとするとそれに時間や質量を足す。ホーキンズが虚時間とか言いだしてから洋書も眉唾物だなと思っている。

 だが俺は将棋ソフトで9次元配列とか平気で言いだしているのだが、たとえばルービックキューブのおばけのような立体を考えて、3つの値でひとつのピースを示す。このピースも実はルービックキューブのように出来ており、さらに3回値を決める。その中にもまだルービックキューブのようなピースがあるとすると、総合するときめの細かいルービックキューブから数の大きな3値で索引するのと、3回に手順を分けて大キューブ中キューブ小キューブと索引するのとどれくらい計算量が違うかという計算理論の領域になり、頭の中で処理するのはやっぱり三次元くらいが限度だろうなと思う。

 そうするとインデックスが三つ以上ある多次元の身近な例は本屋や図書館であることに気付く。図書館には無数に本があるが、端から数えて本棚の何冊目というのではなく、本屋の文庫欄なら作家名があって索引できる。それ以前に文庫欄と新書欄とマンガ欄と雑誌欄などが建物の本棚の索引となっている。

 俺が森博嗣京極夏彦を読みだしたのは、まあその頃に講談社が売り出し中の作家でどこの本屋でもあった話題書の売れっ子であり後輩の廣田が俺が京極夏彦を読もうとしていると知って、同じ講談社でジャンルもミステリィですすめてくれたからだ。先輩のなっかんはエルリックサーガや巌窟王をすすめてくれたが、エルリックサーガは今も四でないし巌窟王に関してはそれを題材とした映画「ショーシャンクの空に」を観た。

 ジャンル、作家、出版社、発行年で既にインデックス4つの四次元である。新しい本を読むのか、好きなジャンルを選ぶのか、お気に入りの作家がいるのか、出版社で選ぶのか、無意識的に選んでいるが、それを例えばもうひとつ「著者の学歴」というインデックスを付けてみると、目下東京大学を選んでいたつもりが、講談社は東京都文京区にあり、東大で選ぶより講談社で選んていたもののほうが読みやすかったという後日談もある。テレビで見た又吉直樹の火花も読んだし、芥川賞つながりで羽田圭介スクラップアンドビルドも読んだ。だが、そういう読書は「なんだかなぁ」が感想だ。

 ともすると俺も47歳で政治の話などもブログに書いて、IT業界という強資本のイメージから「また金満政治か」というご批判は頂くので、金満政治とは具体的に何かとか、他にはどんな政治が良い治世なのかとか興味がわいて来て政治学を学ぼうとすると、そうだ今まで全く興味の無かった次元のインデックスがひとつ広がって来るのだ。

 ただまあ、俺が金満政治になるのは20代の貧しさがあり、病苦もお医者さんや創薬の力ではあるが生活実態的に医療費で助かっているという感想を持っているのもあり、そして何より金満政治を批判するはずの民主主義の選挙でもって野党が賃上げを要求しているのだ。これは大いなる矛盾であることに気付く。

 俺は20代を竹山正博社長の有限会社フリーライフに籍を置きそこから派遣され出向の形で仕事していて、友人から「何故あんなおっさんの言う事を聞く?」と言われたが、いち労働者を企業が直接雇うと基本的に日本の法律は終身雇用で首切りNGで採用は慎重だが、派遣会社に登録するとまあ取り分が搾取される格好になるとはいえ仕事が決まりやすいのである。安易かもしれないが、それでも並のサラリーマンより手取りが良く、そしてカネのない俺にはまず即金を出してくれる竹山社長に恩義も感じた。

 しかし30代となって社長の言う事を愚直に聞き、遠方でも出向する俺に対して同じ会社の奥本先輩が嫌気を示した。奥本先輩は竹山社長の奈良高専の同級生で、カネの計案や役所の手続きが面倒で竹山社長を社長にして休暇の多い派遣労働でお小遣いを稼いで悠々自適に過ごしている、もともとお金持ちの家の人だ。

 それでシャープに同行する時に俺が工場の人などと打ち合わせをして仕事をすすめると「口で人を使うな!労働者はカネで動いているんだ!社長の言う事を労働者が効くのはカネをもらっているからで俺はお前の話なんて聞かない!」と、こう言ってしまう。

 まあ、先に書いてしまったが、これが民主主義で決めるはずの現代の中でも大企業が金満政治の一端を担う労働者のイデオロギーだったりするのである。口で何か言われて、反論や議論(横文字でディベートと言うがまあ議論で良いと思う)を出来ない、寡黙な鍛冶屋というのは今でも案外といるものだ。

 みんな本音でカネを求めている。だが国民がカネで言う事を聞く社会が金満政治以外の方式を取れるはずもない。国民民主の「国民の所得を上げる」が結局給料を上げて物価も上がってインフレ化して実質賃金である「そのお金で買えるもの」の質を上げない政治思想など欺瞞に過ぎないが、それでも目先の手取り級の数字が上がることを望むちょっと数学の出来ない人や政治に関心のない人が支持層になってしまうのが残念である。

 それに対して図書館などの行政サービスがあるが、利用する人は少なく、本が読めるだけだし、新刊がもし人気になったら1冊を取り合うこととなり、教科書のように一律配布でなければ国民が図書館に押し寄せても全員が同じ本を読むという事も順繰りでないと出来ない欠陥制度であることは予見されるのだが、現状は図書館で勉強するのは少数派で、勉強する方が社会地位が高かったり給料が高かったりの傾向がありつつも、せっかく出来た富裕層だけが選挙権を持つ制度から成人全員が選挙権を持つ民主制になったのに、選挙のスローガンがカネをよこせでは政治家と大企業の経営者を混同してしまって、そのか解決の出口が政治献金になるのである。

 まあ、インデックスが多次元になって結論を導くのが早くなるのは良いことかもだが、ともするとそれを一問一答の短絡思考でもって解釈されがちなので、長々と書いてみましたが「じゃあどうすれば良い」という答えを導く前に「何が欲しい」を「お金が欲しい」と短絡的に飛びつかずに「そのお金で何が買いたい」から「買いたいものを作る仕事を生業として作りながら稼ぐ」という所で農家優遇のためにコメの仕入れ単価を上げて昨今のコメ高騰が来ているので、これは悪政ではなく良い政治のはずです。

 しかしまあ、関税以前にアメリカの食料自給率130%で米国民3億人dから1億食分輸出されていて、日本国民1億2000万人食料自給率40%ということを併せて考えると、日本は何か作って米国からも食料を輸入する貿易国的な側面もあるわけで、国際貿易とかを抜いた内政の論理だけでは今の時代は何も進まない。

 国民が苦しいと言っても平均値を取るとまだ欧米には敵わなくとも中露より所得の高い国であるというのは、統計値がチョット古い可能性はあっても変わらないと思う。

 本当に国民が戦っているのは日本ではなく中露ですよと思うと、戦争は自分から仕掛けなくとも外国からやってくる、それを守ってもらうためにも米国との関係は大切という一般論をなぞるわけですが、やっていることがトレカとストIIならびに将棋ではダメだろうと、俺は俺で何か別の仕事を探さないとダメかもなぁと思っております。


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