自分の中にある「~しなければならない」は食事や睡眠のような根源欲求であっても、お腹が減ったら「食べなくては死ぬから食べなくてはならない」というのではなく「食べたいから食べる」が健全だと思う。ただまあ、食事に関して「これを食べたら栄養がある」と言う意味では子供の頃は目玉焼きの生の黄身が苦手だったし、中学くらいからカロリーメイトやポカリスエットをおいしいと好むようになった。このくらいの年になると、本能と知能の差があいまいで本当言うと「おいしくてつよくなるビスコ」なら幼稚園でも好きで、虫歯になる事を恐れなければ今でも好きな味である。
そんな俺はカプエス2の全国大会の頃「勝たなければならない」と強く思い込んでいた。勝たなくても大丈夫なサラリーマン生活で、周りの背水の陣でゲーム大会に臨むゲーマーがカッコ良く見えて、学歴とか資格に頼ってデスクで退屈している自分が嫌いになりそうだった。それを忘れさせてくれるのがカプエス2だった。
しかし、いざ勝つことのみを本願とすると、それはもう強キャラのサガットブランカでしょとか、自分ではCPNあたりを好むけどAKが強いらしいとか、簡単に言ってそれはもう混乱していた。昔のゲームのダイヤグラムでもまとまるのに時間がかかるのに、グルーブやキャラの多いカプエス2でいかに有利を見極めるかは俺には結局できなかった。最後の方は本戦に出られたことで充分のような気持ちで大会の対戦中には飽きた気分でやっていたし、憧れのウメハラもあの大会では負けたし、しかも決勝で前転キャンセルと言うクソバグをオオヌキが使ったことで大会の後なのにハメ論争のような不毛な議論が始まった。最悪だった。
しかしまあ、NHKを見ていると自己決定力とは「やれと言われてやる」「やらなければならないからやる」「重要だからやる」「やりたいと思うからやる」「楽しいからやる」の中で、後者が最も良いらしい。
ああ、そうすると餓狼3とかリアルバウトは面白いけどカプエス2なのなんでだったんだろうなって思って、ふと「楽しいからやる」ならそれ俺の中ではPテリーはあるよなって思ってPテリー・草薙京・八神庵で遊んだら、めっちゃ楽しかった!



まあ自分で他人と比べなくても、世の中に対して発信すると受け手が勝手に他人と比べる。その意味で、大会とか開催して人が集まった写真を撮って優勝動画を配信している方が、そりゃ優勝者で強く見えるし、実際に腕前的にも勝っている人は上手いとも思う。
だから俺の本願はカプエス2で勝つことや遊ぶことと、2ちゃんねる掲示板などの外国人が不思議がる「日本のイイね」が欲しいってやつ、分けてみるとごっちゃにして来たよなって思う。2ちゃんえるではAグルーブが「COOL!」なわけだ。
けどまあ、ストIII3rd界で俺は鳳翼春麗の嫌われ者だったけど、ストIII3rd友達ってのは実はヴァンパイア友達ほど仲が良いわけでもなく、勝っているから集まってきた、まあサラリーマン時代にメシ奢ったるいうたら人が集まったとはちょっと違うかもだけど、俺は「勝ってる人」ではあった。そこにウメハラの「背水の逆転劇」の大ムーブメントがあったわけだ。上手いのはそりゃそうだよなと悔しいが認めざるを得なくなった。この頃は既に俺は大阪の街中で目立っていて、ゲーム以外の旧知の人間からも妬みを含めて嫌われており、春麗の鳳翼扇をブロッキングで受け切る動画の大フィーバーは春麗側の俺をあおるために余計に身の回りでも拡散されて辛かった。
もちろん、動画を見て喜んでいる人は何万人とか何十万人とか何百万人とかいるわけで、俺の関西での活躍は知っていて数百人、その数百人ももれなくウメハラ動画に喜んだという話で、数百万人が俺の負けを望んだとかでは決して無いことは今冷静に考えると分かる。それでも自分を取り囲む人が動画を見て顔を真っ赤にして鬼の首でも取ったように俺の方に騒ぎに来るのは不愉快極まりなかった。
そうすると、ケン春麗は春麗有利説を唱える人も多いし、それでウメハラは勝ってヒーローになったわけで、カプエス2がAさくらブラベガ強いとしても、俺がPグルーブでやることに対して「ただでさえ強いのが分かり切っているプロゲーマー相手に有利ではないキャラで勝てるわけがない」みたいな自信のなさが見え隠れする。
かといって、Aの練習をして、それがある程度手に馴染んだところで、本当にA有利とも信じきれない部分も俺の中にはある。AにはAのゲージ貯めの立ち回りがあるようにPを基本戦略から真面目に考えるやつが一体どれくらいいて、結果は本当に真剣と真剣のぶつかり合いだったのだろうかという疑念もわき、そうするとPの戦い方も見えてくる。
あとは思い切ってやるだけかな、と思ってPテリー・草薙京・八神庵をプレイしてみたら楽しかったし、コンピュータには勝てるし、ゴッドルガールにも一発で勝てた。
ああ、俺は昔よりも今の方が強くなっているのかもしれないなと思うに至った。