小さな一歩

 子供の頃からテレビゲームが好きで情報処理技術者になった20歳。大願成就かと思いきや、西暦2000年問題(1900年代に誕生したケタの少ないコンピュータでは年月日が二桁のものがあり1999年から2000年になると99から00になってシステムが随所でおかしくなると予見された)よりも環境問題への関心が高く、槍玉に上げられがちだった。

 その環境問題もほとぼりが冷め、ネットの普及に国民は熱狂して、俺は何だったんだろうなと思うと罪悪感よりもとりあえず目の前にいる人を槍玉に上げた当時の社会を恨んでしまいそうになるが、俺だって子供の頃は世話してくれる親を恨んだものだし、恨んだところで反社になっても得るものは無く、多少のアンチからのバッシングを我慢すれば社会の利便性をほぼ究極的に全部受け取れている身分であることが分かる。

 電気水道ガスにネットが来ていて夏でもエアコンの効いた部屋でテレビを見て、たまにゲームに講じて部屋からパソコンで世界のスマホ俺ニュースを送信する。いつの間にかコンピュータ将棋の研究グループの末席にいるが、それも子供の頃に虫歯を見てもらった米本先生(おやっさんのほう)からは「将棋までコンピュータにさせるのか?」とからかわれる。チョット違うんだけどなぁ、と思うが、大局そういうことである。

 それでまあ、環境問題というと目下CO2(二酸化炭素)の増加における地球温暖化が夏の気候と重なってエアコンの効いた部屋で「外は暑いなぁ」と思うものの、省エネ家電などでエネルギーロスをなくすことが技師としてのせめてもの仕事。コンピュータだでもロジックの無駄をなくすと計算量が減って応答が速くなり消費電力も下がる。

 けど何というか、抜本的にはCO2問題はロスを減らしても森林が増えないと解決しないだろうとは思って「CO2の吸収量が最も多い植物は?」と問うと1位スギ・ヒノキ2位ブナ・クヌギで年間吸収量を積算するとスギを40年単位で植え替えるのがいちばん良いらしく、それが日本の林業の在り方と考えると、その問題と向き合っている人の常識なのだろうなとチョット恥ずかしくなるなど。今まで知りませんでした。

 そうなると漠然と世界の砂漠の緑化とかいうテーマを連想するんだけど、日本の家で海外の砂漠事情を知ったところで何になると海外協力隊JICAのウェブサイトにつなぎ、47歳のオッサンでも研修受けて海外行ったら仕事あるんやなぁ、けどこの年まで来て将来ラクするために貯めて来たカネと親父とふたりの家を放って親父一人置いて海外に飛び出す勢いは今の俺には多分無い。

 まあお金があるなら寄付という関わり方はひとつだし、そのために国内でもっと仕事するというのもひとつだけど、そもそもJICAの支部は関東方面から西は長野くらいまでのようだ。情報収集して、ついでに協力隊の募集要項なども読む。本気か?

 そしてJICAの明るいニュースとして「モンゴル・ゴビ砂漠での植樹成功」という何年もかかって植えた木が水をやらずに自生しだしたというところまで読み終えて、確かにサハラ砂漠とかアフリカ中南米まで行かなくてもモンゴルを緑化する方が近いかぁ。と思った。

 そうなる前は子供の頃はやった「まりも」とか今流行りの「サイリウム」もちいさな緑化なんだけど、本当に小さすぎてこればっかりはロスカットの方が効果が大きいだろうなと思うなど。そう思ったら国会中継の鳴っているテレビをいちど消した。

 しかし俺はタバコを吸う。それに忘れがちだが服薬が必要な体ではある。小さなことで出来ることというと、肉食を減らすことも省資源になるらしいな。毎日食ってる。

 だがまあ、人は生きているだけで息を吸って吐いているので、CO2問題の正義を振りかざして誰かの所作のひとつを攻撃することは、その正義感を満たすためだけのものであり、日本の主力産業が自動車でそのエネルギーや排出CO2比率が高い事は目先としてはどうにもできない問題だとも思う。自分と関わりが深い情報系産業も環境問題が訴えられる最中で技術革新として国家主導で進められたもので、あとになってから罪悪感を持っても辛いものである。

 日本にいると夏に雑草など爆発的に伸びる景色を目にするので、あきらめないでやれば何かのキッカケで植物が爆発的に増えてくれたりしないだろうか、と思うものの、放っていた緑地が草食動物の爆発的な増加で砂漠になったという経緯もあるらしく、森がまるでオートメーションのような森になって自浄作用を持つに至るには人間の手入れが必要なのかそうでないのか、水の豊富な島国とはまた違うのだろうけど。

 まあ、微力か邪魔か、小さな一歩としてブラウジングをまとめておきます。

 今の生活の延長線で年食って孤独死するよりは海外でも行った方が心は踊るけど、キツイだろうな。楽なはずの日本の仕事でもマトモに出来ない俺に何が出来るだろうというと、まあコンピュータに魂を奪われた成れの果から社会復帰ではなく自然回帰を考えているのだろうなと思います。

 肉を控えると言っても、俺の飯はマクド吉野家が基本なので、街に肉が運ばれてくる社会機構からもう一度考え直さないと、せっかく美味しく食べるために運ばれてくるお肉を食べずに腐らせるわけにもいかないという現状もまたありまして。

 その中でも日本全体としての食品廃棄フードロスの数値は10年ほどの間で4割くらい改善はされているらしく。ダブルチーズバーガーをチキチーに変えるくらいの事から、少しずつやって行こうと思います。


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