物心ついた時から疑似戦場で生活をして来た

 俺は産婦人科で生まれ、居間の隅の柵付きのベッドにいたことが幼少期の記憶として残っているが、それからもう少し経つと子供部屋でガンダムのLSIゲームをして遊んでいた記憶になる。

 ガンダムは俺の生まれ年のアニメなので、恐らく本放送ではなく再放送を見ていたと思われる。俺の生まれ年にはZガンダムのファンが多いが、俺は初代ガンダムファンである。Zもカッコいいと思うが、親父の本物志向が混ざって初代に思い入れがある。

 だいたい、平和で裕福であったが、ガンダムでの宇宙戦争ウルトラマンゴモラが街を破壊して、それを親父が「ゴジラが好きやねんな」と映画を見せてくれて、キングギドラが好きになった。何故かストレスを抱えた子供で、破壊に対する衝動があった。

 まあ、多分だがそのストレスはLSIにはじまりファミコンから受けたものだが、ファミコンの敵が性格に自機を狙って、ちょっとしたことでも死ぬイライラをかいくぐり、疑似戦闘を毎日繰り返し、子供ながらにパイロットになり切っていたわけだが、しない人から見ると楽しいことをして遊んでばかりいるというイメージを持たれる。

 小学校ではいじめというほど一方的では無いものの、他の生徒との抗争もあったし、それは中学から進学校なので賢い奴に特有の後から気付くようないやらしいいじめもたくさんあった。

 それでも親の加護の元なので食事と寝床があるだけ良いもので、そしていつからかゲームも自分の勝てる面白いと思うものを選び、嫌なものは挑戦するのではなく「こんなものはつまらない」と断じて中古ゲームショップに売ってやったとしてやっつけた。

 それは傍から見たら「売った」ではなく捨てたようにも見られ、また友達となかなか親しく出来ず、絡んでくる相手はオモチャが欲しいだけだという親父の言葉に傷つき、おもちゃを貸しても俺から離れず一緒に遊んでくれるのが友達だと思って過ごした。

 小学校の6年では中学受験でファミコンを取り上げられ「中学受かったら返してあげる」で中学でファミコンをしていると子ども扱いされ、また中学の入学祝は親父の趣味であるラジコンカーを与えられ、充電電池が8本入っており、2本抜いてゲームボーイに使うと「もう壊したのか」と残念がられた。そして母親からは諸々の事を「高校行ったらね」とまた取り上げられ、大学受験は希望通りに行かずその頃にはもう家族関係が冷え切って進路も親父は理系で家から通えるところ、母親は高い偏差値の国公立で、最後は自分で決めるという事で東京でも国公立なら良いかというと、どうせ落ちるという格好で良いと言われて、酒を飲んだ親父は「家から通えるところにしろ」と言ったが、その頃は俺はもう家にいるのが嫌で仕方がなかった。

 そんなんでもどうにかこうにか専門学校に通って国家試験に通り、親からは良く分からないが派遣の形で働き始め、仕事に慣れるとすることといえばまたテレビゲームだった。テレビゲームが無いと何をしたら良いのか良く分からない人間だった。弾が飛んできて避ける以外の安全は無味乾燥でそれはそれで生きている心地がしない。反対だが。

 ちなみに俺は仏教に対しても瞑想で無を感じろと言われても、デカルトの「我思うゆえに我ありで少なくとも唯心論までは進めないと気がすまない」という立場を取るが、実は本当に睡眠を十分にとり、腹も満たされていて、当面食っていくための貯えがあるとなると、瞑想で無を感じることが案外に重要で、ちょっとしたら飽きてまた新しいことを始めたり、同じぼっとするでも無を感じる瞑想ではなくうつけものとして様々の事に思いを馳せる白昼夢の中にいることこそが俺の今までの人生の大半ではないかと思う。

 ロシアとウクライナの戦争から直接影響があるかは微妙だが、物価高などの経済内政の混乱を経て、いよいよ本当に戦争かとなっても兵隊として戦地に行くわけではなく食事を少し減らして待つことが中心の生活。そして夜中に遊んだ少しのドラクエ7。

 核ミサイルだってドローン爆撃だってある近代戦に兵隊になる事にどれくらいの意味があるだろうかと問うと、資源の奪い合いの中でまさに食い扶持減らしのためただ殺されることが戦争では無かろうかと。

 そうすると、俺はまだ生きていて、日本も緊張感はあるものの平和の範疇。生き残ろうと必死にならずとも生かされて、むしろ飛び降り自殺でも内臓損傷や骨折で病院で半身不随で目を覚ましたりしたらその後の人生が辛いななんて思ってしまう。

 戦わなくても良いと言っても、銃撃戦かアチョーを退屈しのぎとして自ら選んで来た。どうにか堪えて読書をして、この思考垂れ流しの乱筆のブログを毎日つけている。

 音楽家にも憧れたが、レコード会社の売上3000億円で国民1人年間CD1枚の計算とソニーやNTTの売上13兆円を比べると40倍以上の差があるので、業種は違え新卒22万が等しいとすると競争倍率が40倍違うわけで、そりゃ自分でも何らか仕事があったのはそこそこ時流に乗った職業選択が理由で、他の人と比べて群を抜いて優れていたとか、そういうことでは無いのだと後々から分かろうとしても、偉くなっちまった頭が治らない。

 ゲーム業界も成長産業であるが、ポストに付ける人は少なく、同業界隈では今まで面白いと言われて話を合わせてきたゲームっが実はストレスの方が強くないかという意見が出始めていて、そういうものだと思って物心ついたころから馴染んできて、出来るようになっているから楽しめるけど、本当に子供心まで遡ると、やはり俺の中心には弾撃ち弾避けでピッと当たってイライラするってのを避ける、しかし退屈なので始めからしないとイライラもしないけどそのイライラへの挑戦を望んでしまって、普通に暮らすという事が退屈過ぎて我慢ならないというようなどうしようもない中枢回路があるんだ。

 あとは爺さんが「受信料払ってるんやから見ないと勿体ないぞ」と言ってけらけら笑いながら一緒に見ていた国会中継と相撲だな。それからマクロスのリンミンメイと松田聖子中森明菜中山美穂などのアイドルがオーバーラップする。アニメのレオタードとかも刺激だった。ロボットも怪獣も好きだったな。それは女の子のアニメが好きなのを隣で母親や姉にからかわれるのが照れ臭いから、男の子然としたものを選んだ。

 だが、25歳くらいでクリスタ長堀の絵本コーナーでリラックマ生活を手に取り、その後グッズ化され、30代の半ばごろにUFOキャッチャーでリラックママイメロディの大きなぬいぐるみを抱き、そういえば母屋の化粧品屋に飾ってあったぬいぐるみを欲しがる男の子であったことも思い出した。

 人は、人はいないのか。いや俺だって寂しくて人間関係をどこかで求めているのかもだが、ままならぬなら断ってしまえとどこかで面倒な付き合いを避けて生きている。

 親は俺に無償の愛を注いでくれたとも思っているが、ともすると受験と就職はもちろん俺のひとり立ちのためが建前だが、稼ぐようになるとアテにされるという意味で、親子とはいえ持ちつ持たれつで、ひとたび世間に出ると渡る世間にカネはいる。何とかしてカネをくれる相手を探さないと、食べて寝て暮らすと出て行く分があるわけで、慢性的な将来不安にさいなまれている。

 もちろんそれとのトレードとして終身雇用のサラリーマン生活があるわけだが、会社に尽くすというのを後から三六協定違反と知ってももう事業者も無い無理強い残業で体も心も壊しており、復職も難しい。だからまあ、何だかんだ言って貧困への不安だ。

 街中生まれの街中育ちで、母親の実家は田畑がある家だったが、47年間ずっと地に足のつかない暮らしだ。なんでパソコン打ってるだけでメシが当たるのか正直分からない。

 昨今のコンテンツ産業を見ると、まさかもうやらなくても良いと言われているゲームでも、メシとの交換のためにどこかでは仕事として「やらなくてはならない」という風潮があり、まさかまさかね、ゲームを仕事として「やらなくてはならない」は幾ら何でも拗らせすぎじゃないっすかね?と思うのは、実際自分でもパソコンゲームを作って売ってみて、少しの売上を勘定してコレを本気で売らないと食っていけない未来があるのかと思うと、その現実からは逃避できるなら逃避したいし、もっとマシな仕事ないのかってのは、ゲーム以外に音楽とかの趣味についてもある程度出来て来てから余計に強く思ってんだ。


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