孤独を受け入れ、耐え抜く50歳までの冒険

 こんにちは!宮澤郷介です!その昔はカーメン、みやーん、みやっぴなどと呼ばれていました。どうしてそんなあだ名がついたかというとゲーセンでの立ち話やネットのオフ会が発端だったと思います。これからどう読んでもらったらいいでしょう?普通に「宮澤(さん)」で良いと思うのですが、人間関係を見直さないといけない時期です。

 簡単に言って、犯罪者に絡まれたゲーセンやネットで知り合った人間から濡れ衣を着せられたり金品を巻き上げられたとするとまあ簡単ですが「なんで?」となるとこれはもう途方もなく長くなるのですが、俺の基準で行くと「寂しかったから」です。

 いまこの孤独を受け入れ、耐え抜き、ひとりで生きて行こうとしてもひとりでは生きていけません。なんとなく人相と風評が悪くなったことを自己責任として、有り金でどうにかあと2年50歳まで生きられたらなぁ、くらいを目標値に置き直して、自分の50歳が死であるならそれまでにしたいことを、あるいは60歳くらいまで生きられるから50歳はどういう風に迎えたいか。どっちになるかは分かりません。

 その意味では、刹那的な20代30代だったと思います。40歳50歳になったらどうなっていたいかという事について、32歳から始めたギターの稽古がありますが、20代にはプログラマとしてスキルアップして小規模のゲーム会社のバイトから中堅ソフトハウスの派遣社員になり、30代には大手のデベロッパーになりたいと思っていたものですが、大手の開発室の内部事情までは結局分からず、プレステやアーケードの流行っていた頃のデベロッパーの中村さんがいつの間にか無職になって実家で静養している姿などを覗き見ると、俺が大手に抱いた幻想と開発の現実は違い、プログラムのスキルも現代ではAIにおおよそ代替されて、知的財産権IPを持っている利権者とそれを軸に銀行から降ろされた開発費用の一部を給料やフリーランスで貰う開発者という構図の中で社会の弱者になってしまったのだろうなと言う気はします。

 その意味では、スーツを着て会社の社屋に入って働く意味で20代の方が立派に見えたかも知れませんが、それは若くて見たくれがマシだったので会社の飾りとして雇われていたところもあって、オッサンになるとそのままのキャラでは立ち回れません。

 30代は20代ほどフル稼働ではなく、休み休み働いていて、これ繰り返し書いている事なんですが、派遣社員として一定期間働いて貯金して、休業期にフラフラと街を歩いて遊んでいると街が生活圏の人から見て働いていないのにお財布にお金がいっぱい入っている不思議な人という風に誤解されたというのがあって、サラリーマンというと終身雇用で月金は会社にいるという固定観念があって、そうじゃなく一定期間だけ契約で働くというのがとても珍しい事だったんですよね。これは今でもこうしてネットでモノを書いて、読むのもネットだからそのままネットで検索するとフリーランスの求人案件が見つかるから、この世界線では不思議でなくとも、街の人には不思議なわけです。

 だからしてスパイ行為を受けたのが、ネットやゲーセンで接触してきてゲームを一緒に遊んでメシでも誘って、それで何をしているか短期的に調査しても仕事はしていないようにも見えたんだと思います。長期調査って個人レベルですると異常やからね。

 そうして出てきた俺の個人情報には繁華街で遊んでいる謎のカネモということで、風俗店経営者やホストか何かという勝手な風評が付いたのだろうと思うわけです。明確にそうであって逮捕されたとかではなく、風評でそういうことにされたという、何とも弁護しようにも屏風の虎のようにどこで誰にそう言われたんだというと難しいですが。

 まあそういう風評も時の噂として消えた頃には実家に戻っていて、実家というと聞こえは良いのですが、親父の経営する個人商店で母親と姉の力でぐうたら親父を立てていたものが、母親の別居と姉の結婚で親父と弟だけになった荒れ果てた過去の我が家で自分の部屋だけ片付けてそこに出入りすると、周囲からは空き巣の疑いもかけられました。

 これにはトリックがあって、ゲーセンに入り浸りだった俺は台を占領して遊ぶわけですが、まあ勝てるゲームの話、対戦ゲームの話、毎日ゲーセンに来て台に座っている奴が強いとすると、別の正しい言い方をすると「鬼の居ぬ間の洗濯」という奴で、強い他の客がいない時に台を借りてコソコソ遊ぶ行為を2ch掲示板で「空き巣だろ」と言う風に揶揄する隠語が流行ったんですよね。

 それを家の周りの商店街で格ゲーマーが「空き巣だろ」と言うと、街の人の間で犯人探しが始まって、見るからに荒れた商店の奥で住んでいるウチが浮かび上がるわけです。けど警察に言うと「ここの住居の人です」とは証明できるんだけど、そこまで絡む人も珍しく「やーねー」という噂はずっととどまり続けるわけです。

 さて40代、仕事も辞めて家にずっと8年いるわけですが、店は残っていて親父も頼まれもの程度の仕事は続けているので、今度は居候か家のカネを無心するドラ息子の成れの果てと言う風評になるわけです。町自体がさびれて来て、噂自体も段々と立たなくなるわけですが、本当に町がさびれると買い物は何処でするんだ困った時呼べる人はいるかというような本当の生活不便の問題が出て来て、だからしてひとまず50歳まで頑張って生きようという目標になっています。

 近所の商業施設が老朽化で閉店となり、無事に建て替えと新店舗の誘致が上手く行けば、また買い物便利な駅前商店街として復活するかも知れませんからね。

 まあ、もうカーメンと呼ばれることも無くなりましたので、ブログで「カーメンこと宮澤郷介です!」と言うのを辞めて、ではなぜ言い出したかというとカーメンという名前をゲーセンで使って、北米大会で優勝していちばん脚光が当たる時期に精神病院に入院していて、退院したらネットに他のカーメンさんが有名に挿げ替えられていたからです。これについては、もう昔の事だし取り返せないから諦めよう、有名は風評被害とセットだから静かに生きる道を考えようとしての事です。

 まあ、あの時はあの時で若くして遊ぶお金があって楽しかったから、人が寄って来てもいちいち「お前は誰だ?どこの何者だ?」と問い詰めることなく、来るもの拒まず去る者追わずで散財して遊んでいたのです。けど、貸し借りが発生してから持ち逃げ被害に遭い、ひとりひとりどこの誰か突き止めないと交友関係の中で自分を外した新しいグループが出来て、段々と疎遠になる。その主な原因はお金の出し手ではなくなったからだと思います。

 親父も年て借金もあるのにホステスの付くカラオケバーで毎週のように飲んで朝帰りという遊びっぷり、あの世にカネは持って行けないという哲学観は分かるのですが、残る息子として以前に周囲が羨んだような旧家の実子や家督の相続者みたいな旗色は無くなって来ています。だから宮澤という苗字があっても本当に文字だけ名前だけ。

 それどころか親父が死んだらどうなるのかも今から想像しても全然想像がつきません。だから繰り返すけどそんな先ではなく50歳まで生きようと。あと2年、いや1年半。したい事をするエネルギーを蓄えるためにも持病を薬で抑える療養をして、やっても報われない無駄な努力は肩の荷を降ろそうと。

 俺は俺なりのペースで色々なことを充分頑張ったと思うんですけどね。


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