まあ何のことは無く過ぎていく日々の日記

 朝から体調不良、家の中のドアの故障、直しても不調でちゃんと閉まらない、昨日ネットで桃鉄を注文した時にはいよいよ資本金を貯めて株主電車旅行をリアルに出来るなと思ったのは6年くらい前でふたを開けるとみみっちい配当金を古本やら中古ゲームに当てると遊べるということで引きこもりのまま厚生年金を受け取って電車旅行には行かなくなり計算通りの貯金目標は多分家の修理代に大工さんに払って消えるのだろうなと思ったのも数年前にそれでDIYの本を買ってきて補修を試みるも親父がトイレとか水回りを業者さんい頼んでくれて今日に至る。

 まあ桃鉄な。攻略するの26年くらい前だったら価値あったけど現実の勝負としては既に46歳で苦境なのか楽勝なのか分からないけど、お金あっても寄る年波に勝てない事を鑑みるとともに桃鉄作ったハドソンが倒産しているのも事実であって。その攻略法で本当に合っているのかは甚だ疑わしいわけだ。

 お金持ちも良いけど健康も良いし家がちゃんとしていたら、ちゃんとするのに幾らくらいかかるんだろうと思うとすべて無条件に揃っている子供時代に夢見た桃太郎社長であって、幼稚園とは言わないが小学校くらい向けのゲームデザインなのかもなと。

 そんで部屋を見渡すとこないだ雑多にモノが積まれている中から出てきたホワイトボードの文面が俺の過去を本当によく映している。まあ、写真とブログでは今から書いたんちゃうかと思われるくらい出来過ぎだが、念のために誤解の無いように書いておくとこれを書いたのは公式的にこの歌が販売されたより後ではあるからね。

 まあ、とあるバンドのアルバム曲だからテレビでは多分まだ発表されていないと思うけど、ファンなら聴いていてラジオリクエストくらいならあったかもな程度の曲。

 でもこれ消してもいいようにホワイトボード使ってんだけど、この後にノートを使うようになったんだよな。ノートの方はペラペラめくる動画を撮ってSNSで万バズ手前くらい。でもそういう「見せられる努力」と違う所に、俺の病気との付き合いもあって。それでお医者さんにかかって厚生年金はもらえてるわけだから、そこに対して不平は無いけど、俺の病気が目に見えない事で健常者の知り合いから「カネもらっているらしい」というのが公平の名のもとに槍玉にあげられて、いや公平だからもらえているんでしょうと思うんだけど、わっからないんだよな。

 そんなわけで、今日も朝から体調は悪かったけど「からだをあたためたら病気は必ずなおる」というタイトルの書籍が俺が病気になりだした時に書店に平積みでババーンと並べられていて、精神病とか以前に普通に冷え性だよな。俺の育って今も住んでいる大和郡山市は冬が寒いし、いやそれ全国どこでもでしょというと大阪市中央区のコンクリートのマンションもやっぱり狭くて寒くて、俺は冬に弱い。まず基本的な四季対策が出来ておらず、季節の変わり目に体調を崩す。誰でも出来ていることが出来ない。

 みんなどこでどうやって準備しているんだろうな。俺西友の服売り場と梅田の百貨店とアメ村のジーンズくらいしか服売り場見たこと無いんだけど、親父とか腹巻とかパッチとか持っててああいう防寒具どこで買うんだろうね。上着脱いだらカッコ悪くも見えるけど、ああいうインナー防寒具をキッチリしているから健康なんだろう。

 風呂上がりにホットのウーロン茶を飲んで今はもうちょっと調子がマシで、そんで昼間には市役所まで保険証周りの手続きにも行ってきたんだけど。紙の保険証が切れているの指摘してもらったけど、たぶん窓口が違うから伝えただけでもう一回行って窓口変えて申請しなおさないとダメなまま放って置かれているんだろうなと思いなおしたり。

 書き出してみると、分かってるじゃん俺。でも何となく分かっていることを書き出して字にして読んで行動に起こさないと事態は進展しなくて、ボタン押せば解決するゲームの世界とその延長としてのプログラマの仕事は出来てきたつもりだけど、頭に思い描くことと現実の自分との乖離が著しい事も病気のひとつなんだ。

 でもネットで活動というか文とか写真とか動画とか楽曲とか発表していて、自分で思っているよりも多くの人に見てもらっているかもしれない。だけど何万人もいるステージで何かしたわけではなく部屋でカメラ回して動画にして数字として万が返って来ただけで、全くもって無自覚でもあるし、だいたいスーパーの弁当とかコンビニ飯何食分くらいしか財布のカネの使い道も分かってない。ギターを弾くようになって、以前の趣味だったオーディオやCDとかも勿体ないと思うし散髪も自分でして床屋は勿体ないと思うしそれでもプログラマになってもゲームソフトはコピーではなくちゃんと買わなきゃみたく思っている節はあって、そして古本を集めて、けど本を読むより最近では大きくなったテレビも見てインドア趣味で時間をつぶしているだけで浦島太郎のように40歳から46歳にもうじきもうひとつ歳を取る。

 そう、桃鉄やって大金持ちを目指そうとする割に現実には食費以外ほとんど使わない。所持金がスコアだから、最高値を上げるために節約して現金を数としてゲームしている感覚で、これ減らして(使って)モノに換えたら幸せになるとして何を買えばそうなるか、大体の世の中のモノってそこに利益が載るから買ったら総価値減ると思っちゃうんだ。でもそうしないと安く買う方法は無いのかも知れず、週5日分はちゃんとした靴下なんだけど、洗濯のペースによっては穴の開いた靴下履く日があったりで、そうすると心がすごく貧しいんだけど、なんか靴下ばっかりそんなにあってもと思ったり。

 メシものり弁、カツ丼、牛丼、カレー、ラーメンくらいでイタリアンパスタとか旨いのあること知ってても、同じ炭水化物食うのに必要以上に高いと思っちゃったりする。食パンは上等なホテル食パンやパン屋のパンではなくスーパーのPB商品買う。このへんのランクをたまに上げるとごっつ良い気分になるけど、生活レベル全部そこまで上げるとそれが普通に感じるだけで、別に幸福量として増えた感じはしないんだよな。

 いい加減、スーファミワールドヒーローズ2でスコアをやっても虚しいように現金ばっかり数えるのも飽きてしまったら良いと思うんだけど、これ実際に使えるカネなんだと思ってその選択肢の広さを競うのも面白いもので、使っちゃったら無くなると思うといつまでもカードを切る決断が出来なかったりするんだよな。シンセサイザを新型にしたりギターを買った時は良い買い物出来たと思ったけど、ふたつ目は感動もなく。

 まあそれで言うとパソコンも一台目ののめり込みとスペックアップの感動はあったけど、最近はまだ動くのに新しいのに買い替えないとサポート終わっちゃう悔しいみたいな思いしか無いよね。

 なんか、思い切ったリフレッシュの必要性は感じてる。部屋の片付けもしたら感動するけどそこに住み続けると在りものに飽きて物欲がまた出る。まだもうちょっと入れられるみたく。

 バブルの頃みたく大金が自分の世代で手に入ったら、と思ってたけど、バブルの時に儲かったのも一部の人で、その流れでお金を掴めなかった人からしたら何とも不気味な時代であったという風にも聞く。俺はどっち側なんだろう。自分では自覚できんわ。


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