真犯人探しゲームにも飽きてきたよ

 怪人二十面相は面白かった。シャーロックホームズも何冊か読んだ。今机の上にはアガサのアクロイド殺しが置かれているし、森博嗣もだいぶ読んだ。宮部みゆきだけは辛かった。

 ファミコンで育って「何でもファミコン的に考えすぎじゃないか」みたいに指摘されることがあったが、社会を考える上で陰謀論というか普通の人が日本では「総理大臣がいちばん偉い」みたいな単純な発想と同じでいじめがあった時に「誰がいじめたか」とミステリィで真犯人を探すようにひとりの犯人を挙げて事を収めようとするのが法治国家でも警察が犯人を上げることでしか市民を納得させられないというような限界なんだと思う。

 いじめってのは人がたくさんいたら浮いたやつが仲間外れにされるということ。受験にしても1000人受けて300人通って700人落ちてたらその700人は落ちたこと隠して生きてるってこと。受験が公平かというと、確かに機会は与えられているだろうけど試験問題は問題政策委員会とかで多人数で時間をかけて作成されていて、受験生はそれを1時間とかの期限付きで可能な限り早く答えさせられる。それは全員満点が取れる試験だと選別できないからで、皆が十分に勉強していても落第者を出さないと受け皿が足りないからだし、受け皿からこぼれた人間を労働者として税収を収めてもらわないと公務員という仕事が成り立たないからだ。

 そう考える前は大学教授がフィクサーだと考えていたが、どうやら彼らもまた学者で飯を食いたい怠け者の猿のひとつの成れの果ての形でしかないと考えると許せるようになった。

 そしてそれらは勝てば楽が待っているという蜘蛛の糸に皆が努力は実るをお題目に群がって糸が切れるというような自己矛盾を含んだ仕組みそのもので、楽になるための努力それ自体をしないことが本当に楽であるかという哲学も併せて考えて可能な限り楽を取るのが普通。

 だから必要最小限の努力をして、頑張りすぎるものも並のレベルに満たないものもいじめられるが、いじめるのが楽かというといじめる側も仕事して納税して並の仕事が変わらず適度である状態を好んでいる。もちろんそれは労働者や納税者ではなく公務員の世界でも同じ。公務員は自分で働いただけ報酬が増える制度ではなく予算から取れる分の範囲内でやりくりをする仕事であるからな。

 そろそろこの話も退屈だから辞めよう。誰のせいでもないけれど皆のせいではあるから物価上下とか税金の増減で話は済むけど、それだけでは分からない相手に攻撃すべき犯人像が貼り出される。憎むべきは衆愚だろうか。騙している奴もひとりでもないだろう。

 この問題に本質というほどの核や善悪に二分させるほどの明確な境界線は無い。だから深く考えるよりはぼっとして、それが退屈ならテレビゲームで暇潰しでもしよう。ウチだってNHKの受信料は払って、適度にTVCMされた製品も買い、プレステだってDSだってある。そこは貯金などせずPS5とswitchに買い換えてガンガン遊ぶのが正義なのかも知れんがな。


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