生きるための熱量みたいなものが体に戻ってきた

 単純に夏だからだろうとも思うのですが、体に熱が回って生きている実感が得られました。

 病気で薬を飲み感情が平坦になる状態でも深夜までゲームをして、興奮とストレスで寝付けず、台所でタバコを吸ってから聞き込んでいつしか聞かなくなったレコードをiTunesで聞くと、もうそれは記憶に刻まれてあらゆる音が「次にこう来る」と思った通りで安心感に包まれて欠伸が出て、そしてよく眠り、目覚めた後に「生きているんだなぁ」と思ったのです。

 朝食を取ってみると、ゲームは楽しかったけど朝からまたするほどのことでもなく、またタバコを吸って庭というか小道なんですけどウチの私有地で、しかし引っ越してきたすぐの人からは道でタバコを吸っているように誤解されるのですが、散歩するのに外まで出ず、その小道をブラブラして思索の中に入っていくのです。私有地から出ないようにしているので、道の途中で立ち止まって折り返すのが知らない人からすると泥棒が家を狙ってウロウロして様子をうかがっているように見えてしまうのかもしれませんね。

 アーマードコアも発売順とは関係なく、自分で遊んだ順番で二作目なわけですが、先にスナイパーライフルが強いと思って、それからマシンガンの方が良いかなと思うのはゲーム中のパラメータで射程距離、弾速、威力、装填速度などの絡みから使用感でそう思うのですが、これが野球ゲームの選手データや車ゲームの車体性能のように実値からモデリングしている部分もあるのかもだけど、ゲームの面白さありきで数値設定の匙加減ひとつと思うと興ざめします。

 シミュレーターは常に現実をモデル化し続けて、最新版を持っておきたい、みたいな。

 ただ、それでも数値で見比べるだけではなくシミュレータで使用感を味わえるので、ひとつシミュレータを持って味わってみると、自分で威力が1割増えたから相手を9割減らせれば勝ちと見做す、みたいな使い方もまたあるわけで、旧型兵器でも訓練としては無いよりずっとマシ。

 ちょっと古い話を掘り返すと日本でRPGが主流の時に北米ではFPSが主流という情報にデマか真実かというと売上統計とかからまあそうなのかなとは思いつつ、銃社会アメリカではFPSは他人事では無いシミュレータとしての側面で、日本ではRPGという人気の指標ではなく車の運転を覚えたい人がドライブゲームを買うみたいな消費傾向に近しく、その意味でレースゲームからドライブシミュレータにゲームでいうとバーチャレーシングのF1マシンからクレイジータクシーの繁華街爆走に変わった感じが近いのかなと。

 その意味で、ロボットシューティングであるアーマードコアで遊ぶのはシミュレータ要素を含んでいるけど、戦争ゲーでありながらファンタジー幻想の側面を持っていて。マイロボット。素直になると幼少期からの夢はひとつづつ周囲の手助けで叶えられているなあ。


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