
こんにちは!カーメンこと宮澤郷介です!最近人生の意味を問い直しています。
俺の人生は18歳がピークだったのかというのがGLAYのBELOVEDで強調されているというか、BELOVEDを繰り返し聴くことでそう強く思い込もうとしてきたというか。
いや俺はGLAYじゃないし、GLAYにもその後はあるしで、一度自分とGLAYは無関係だと思って見ると、高校の時のGLAYとの出会いと、今なぜ俺はギターを持っているかという実際との関係を考え直すこととなりました。
BELOVEDが発売されて、俺が髪を金髪にブリーチした事を順を追って考えると、俺はHISASHIのようになりたかったし、その頃の周囲の友人は汲んでくれていたけどLUNASEAもGLAYもL'arc en Cielも別段区別が無く「そういう奴」でした。
けど俺は黒髪に戻って、若い人がGLAYとゴールデンボンバーを一緒にしているとチョット嫌な気持ちになります。鬼龍院翔や歌広場淳を責めるではなく、一緒くたにする大衆を「分かっていない」としながら、自分がギターを練習することで自分の方がGLAYに近いと思おうとしている。
それホントか?GLAYのCDは30枚出ていて、俺は昔に2枚買ってそれから離れた。ファンとしては押しっぷりが弱いと思うし、それに高校の時GLAYが好きだったという過去を強調することでその後のGLAYの活躍による人気に自分を重ねようとしてきた。
話は変わるが、俺はその昔にトルストイの人生論を買って読もうとして、まどろっこしくて最後まで読めなかった。それを今日AIに要約してもらったものを読んだ。
トルストイは過去の人で、もう亡くなっているから総論が要約される。けど、俺は10代の時にGLAYのBELOVEDを与えられることで、周囲から愛されている事に気付けない子供だという風に強く言われた気がして、その事を何処かで忌み嫌っていた。
それが今になって親も年老いてやがては先立たれて孤独になるだろうなと思った時に「軌跡の果て」や「pure soul」が強く染みて来て、それは別段俺がGLAYのファンかどうかという推しに関係なく、そういう音楽の代表者として作詞作曲のTAKUROの名義が残っているが、実際にはストリングスやピアノで彩られた部分も感情を揺さぶって来る。
この感情は生きて来た今までをえぐって傷つける、まさに感傷だ。俺としてはギターロックが好きだったが、GLAYというバンドを通じて色々の曲に親しんだ結果として、心に深い傷を負ったのか、あるいは誰しもが抱える過去の何気ない一面を歌詞と音楽で深くえぐられたのだと考えられる。
その意味では、俺はGLAYと同じ時代を生きていて俺が総論としての意味を求める間にもGLAYというバンドは活動して変容してゆく。
突然に「今のGLAY」を知りたくなって来る。もちろん、芸能人なのでプライベートの意味ではなく、メディアの今は動画などで簡単にアクセスできる。
俺の知らないところでというのも変だが、俺が興味をなくしていた間もGLAYは活動を続けて様々な楽曲を発表している。ファンとしてそれを順に聞くだけでも、それはそれでリスナというひとつの生き方で人生の一部足るだろう。
じゃあ俺がギターを弾くのは何だろう?俺は32歳から48歳の16年間、もし高校でギターを持っていたらと思いながら若返った気になって18歳の頃の昔のGLAYを追っていた。その間にGLAYは30年進んでいたのだ。昔ほどのヒットは飛ばしていないかもだが、メディアと連携したりライブ活動を続けて今も音楽シーンの先頭にいる。
俺は俺で、いつまでも18歳を思うのではなく卒業しなきゃとは思う。けどGLAYも学校は卒業したかもだけど、バンドを続けて今に至るわけで、宙ぶらりんの俺もギターは何となく続けて来て、昔よりは上手く弾ける。
ただ、その昔は32歳で、いま48歳なんだけど、俺が18歳の時の30年前のGLAYにまだ及ばない。
それが現時点での俺の人生なのである。転換点とするか、それとも継続するか。
そう、俺はギター以外にもキーボードにも手を出してそんなに上手いわけでもないのに達観して辞めたではないかと思うと、そこにはGLAYはGLAYでギターを弾いてストリングスやピアノはその道のプロに委ねているわけだから俺もそれで良いじゃないかという勝手な自分とGLAYの同一視でその葛藤をやり過ごしてきたわけだ。
ここへ来て「俺はGLAYではない」と自分を客観的にあらためることは厳しい。
夢中で追って来たんだ。不意に現実的になったところで、そこには映像と音楽しか無いということは無くて、同じ世界の何処かにGLAYは存在するだろう。
その意味では、俺もネットを通して俺の自撮りを見た人から実存を疑われて困っていた時期があった。それなのに今は俺の主観世界から俺がいなくなろうとしている。
「俺は俺だ」とマンガの主人公のように強く思えるだろうか?俺はGLAYではないかという揺さぶりをかけた時にそうでない俺にはまだ両親が元気で親父同居でギリギリ帰る家がある。BELOVEDからpure soulまでどうにか追って、そこでまた止まっている。
後ろのテレビではNHKのど自慢が鳴っている。茶の間とバンドの関係はそれで良いと思うんだ。ゴールデンボンバーのほうが「のど自慢」に出た分偉いんじゃないか?
そんなことも考えながら、昼飯の時間なので今日はここまでとする。