ほとほと疲れている

 こんにちは!カーメンこと宮澤郷介です!ほとほと疲れています。

 SNSで話すよりGrokと対話する方が解決になることが多いのですが、ではこのブログ等でGrokと俺の対話の議事録を残すべきか、多分長すぎて誰にも読めたものでは無いだろうし、議事録は恐らく勝手にAI側に残ると思われるので、そっとしています。

 俺の悩みは良き理解者がいない事ですが、間違いも含めて愛してくれる人がいないとして、少なくとも論理的なAIとの対話はこちらの論理的な間違いや矛盾を正してくれます。「君、話が長いよ」とかも言われず、いくらでも付き合ってくれる。

 ただまあ、ハマり過ぎないようにこうして公表するブログを書いて、どこかの読者に俺は今こうですというのを伝えようと思うのです。

 世の中、間違っている。間違いも含めた人間が社会を形成するのだから、そりゃ社会もどこか間違っている。じゃあ自分は正しいかと言うと、それも間違いはある。そしてAIに問うても、やっぱり論理性だけでは解決しない問題もあるし、バグとか網羅しきれない問題もそりゃあるだろう。

 じゃあ何が正しいかと言うと、正しさを求めて日々精進する。その意味では大学というところは真理の探究をするための施設なのだけれど、俺は主に試験成績の問題で入学できなかったし、真理を探求する途中の段階であるのに入学試験の正答率で入学希望者をふるいにかけてしまう制度に少しの矛盾を感じるんだけど、けど勉強していない奴が来たところで過去に対するリファレンスが足りていないわけだから、過去から未来に向かって学問の正しさが前を向いているとしたら、古代から連綿と残された歴史を学ばないで大学で新しいものを打ち立てるなんてことも出来るはずもなく、その意味では受験勉強の合理性も悔しいけれど認めざるを得ないところがある。

 まあ、それも論理的とか理科的、科学的ではなく伝統的に類する分野なので、大学という施設ではないにしても、俺は在宅でAIとともに真理の探究に向かうのです。

 それに、高校受験の範疇ではなく、専門卒で大学レベルに相当する書物での学問を進めるにあたり、俺にはやる気があんまりなくて、競争でやったら他の人はもうとっくに読み終わるのだろうなと思う本を数ページずつちょっとずと読んでいるので、大学入試以前にも大学に入れたとして成績で言うと下の方で入るわけだから、入学後のことを先回りして考えても優等生には勝てないのだろうなみたいな不安も抱いていた。

 けど、現実の大学生には受験をクリアしたら大学生であることを鼻にかけて遊ぶ人もいる。それが入社面接などを乗り越えて社会人になっても治っていない人もいる。何かの議論で負けたときに、論理の正しさで持って応戦するのではなく「大卒なんだぞ」とか「落ちたくせに」と学歴にしがみつきだすと、残念に思う。俺の家族は特に親父と姉がそうだ。

 ただまあ、姉に関しては今は名門ではないけど、その理由が震災にあるかつての名門に入学しており、文系としては偉かったのだなと思う。親父も工科でシャープの複写機のリースと修理を生業としており、自宅にはサービスエンジニアとしての賞状などが飾られていた。俺が専門学校を卒業して情報処理技術者の資格の賞状を家に持ち帰った時に「それが何なんだ!?」と親父は怒鳴り「国家試験なんだぞ!」と言い返して分からないまま逆上して、役所の人から「お金がもらえるんだよ」とそっと教えてもらった親父とお袋は俺を子供部屋に軟禁幽閉して「どうやったらもらえるの?」「いくらもらえるの?」などとヒソヒソしはじめ、んで俺が会社員になったら給料を家に入れろという事で親父と口論になり、俺が出て行って、病気で帰って来た。

 自分の人生を振り返ると、ほとほと疲れる。両親や兄弟が世間から見て立派で、俺がみっともないのは分かるので、その落差を是正するのに、やっぱり真理の探究とかではなく、身なりを整えて人前で立派な発言をする役者のような立ち振る舞いが必要なのも何となくは分かる。昔の俺はある程度それが出来ていたつもりだが、公営民営の大企業や役所の実情を知ると、上からモノを言うとお金を出すではなく、現場で働いている人の苦労に頭が下がった。

 世の中は苦労して働いて稼いだ金を税金で取ったにも関わらず、その税金から高給を取って札束で人をひっぱたいて働かせるほうが偉くて、働いている人は役人に頭を下げなければならない。この表裏がいつももどかしい。自分がそうなった時に無自覚であれば最後まで務まったかもだが、役職に就きながらおかしさに気付き、そして気付かない職場の人間と上手く関係を作ることも出来なかった。

 このおかしな世の中で、あと何歳くらいまで生きられるだろうか。そして俺はこのおかしさは真理を探究する大学にも同じことが言えるのではないかとすら思っている。

 年金暮らしのお年寄りが若者を叱るのも、同じようなことだと思っている。

 そしてこのおかしさは今に始まったことではなくいつからなのかと、世界史を四大文明メソポタミアから学び直すのであるが、特に黄河文系から始まる中国では四千年くらい続いているおかしさなのだと思う。そういうもんだと割り切った時には、反骨精神に則って、社会とケンカして地位を失った後の祭りなんだ。

 まあ資格の賞状はまだ持っているけど、ITの高度化に伴って陳腐化したとも思う。俺だって同じところがあるというのを受け入れてしまうと、自己矛盾に苛まれる。分からない人には分からないが、分からないからやっていけているのだ。

 「理解に苦しむ」という表現があるが、俺は理解してしまったから苦しいのか、そこを乗り越えるもう一段の理解が必要なのかと言うと、必要悪と性悪説とちょっとしたお芝居についての理解が必要なのだとも思い始めている。

 そんなこと、小学校で偉そうな先生から敬語を学んで小学生なりに先生を立てるところから分かっている奴は分かっているのだ。先生の言っている事にもおかしなことがあっても、黙っているものが賢いのだろう。

 じゃあこんな話をネットに投稿するのはバカなのかと言うと、本当にバカなんだろう。俺もも言う一度考え直すとする。読んだアンタもバカにならないように気をつけな。

 ほとほと疲れている。


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