ファミコンのカセットってフロッピーディスクのパソコンと違って巧妙なプロテクトだよな。パソコンはパソコンそれ自体が高かったけど、パソコンを持っていたらソフトは安価なフロッピー同士で簡単にコピーできた。それに対してファミコンは本体はパソコンより安かったけど、ファミコンを使ってもパソコンを使ってもカセットをカセットにコピーするのは専用の機械を作らないと売っていない。だからみんな遊ぶために自分でカセットを買ったから任天堂は儲かった。そしてコピーが機械的に難しく、レンタルが法律で禁止されていたので法の抜け穴として中古ゲームショップがあちこちに出来た。
そんで、俺は今ふたたびファミコンのグラディウスを遊んでいるわけだけど、子供の頃はコンピュータのことが分からずに「不思議なもの」だった。ミニ四駆は分かる。ラジオなんかも分解する少年だったけど、コンピュータだけは分解しても分からなかった。
それで、その道に進んでしまった。
ファミコンのカセットの中身がデータの詰まったロムが基板に貼り付けられていて、それらはその中にデータとコードが入った0と1の情報であり、パソコンで読み取って全部0と1で解釈して16進数として眺めたことはあるけど、64キロバイトくらいでも16進数だけでは何が記されているのか解読できなかった。
それが、最近ではその16進数をCPUのアセンブラに読み替える逆アセンブラがネットで公開されてるね。子供の頃には攻略本とか裏技とか隠されてて、コンピュータに詳しくてゲーム作っている側の人って「ずっこい」と思い込んでたけど、ズルもそこまで極められるとむしろ愚かだろと思うくらい、ゲームって巧妙に作られてるよな。
開発環境が便利になって、会社がなくても個人でファミコンソフトの開発が出来るようになった昨今でもグラディウスを丸写しでなく、ゼロから打ち込んでみたろと思うと「これは大変な仕事やったんやな」とあらためてその価値が分かったんですよ。
後ろから歩いてきてビックバイパーを追い越したら止まって弾を撃つ敵とか、誰が考えて作ってんホンマ。動きと配置と見たくれと全部噛み合ってて、世界観があって。パソコンでコピーされるから無料同然に思えるけど、それって技術の進化に伴う価値感覚の麻痺であって、パソコンでも中に詰まっているデータの価値で価値が決まるのではなく、そのデータを人間が知覚できる状態にして時間を進めることで変化に伴って価値を感じるものだから。
アセンブラを読んだら何か分かるかって言うと、極端に言うと音楽CDや映画のDVDをバイナリにして目で見て楽しいかってのに近く、そうでなくて実行させて遊んで楽しいように計算されてプログラムされたものなんだよな。プログラマーとしてレベルアップするためには読んで理解するとか組めるとかでなく、動いた時に楽しいかってことも分からなきゃだよ。