世の中の騙し合いは本当に狡猾だから正論は一見バカに見える。
それでも正しいのは正論の方なのかというと、騙し騙され経済は動いているわけであって、商売も弁論も無い力だけの社会が正しいかというと、人間はだまし合って生きる生き物だから、騙せているという一点に置いてウソも正しいのかもしれない。
これから書くのは本当にバカな正論である。そもそもトレカは楽しいのかというと「なんであんなメンコみたいにつまらんものにカネを使うか分からない」とよく言われた。それでもその悔しさを飲み込んで遊んで来た。半導体ゲームが高いのは理解されている。それは自分では到底理解できない機械を使っているから高いのだと。しかしパソコンにフロッピーディスクが搭載されてからは、高いのを認めつつも法に触れるかどうかグレーのまま多くのものがメディアをコピーした。音楽CDのmp3化もそうであった。別にパソコンから始まったわけではない。カセットテープからそうであったし、そもそもレコードという商売からしてそうなのだ。
ゲームが何故楽しかというと、初めてみるまで勝つか負けるか分からず、勝負の中で頭を使い、時に勝つために何らかの練習や研鑽をしたその努力が実ることで自己の成長を感じ、また強いものの力が及ばないルールの世界の中で弱いものが運によって勝つことも有り得るからだろう。
だが、それは弱者の論理なのである。ゲーセンのゲームの台を負けて腹を立てて力いっぱい殴られて反対側の台で恐怖におびえたことがあったし、店から出てつかみ合いのケンカになったこともある。当然、俺は子供の頃にケンカに弱かったからケンカゲームに強くなる夢を見たのだろう。魔法など使えないからカードで魔法を楽しむそのトレカは、相手のプレイヤーが札のルールの通りに負けてくれるから、ルールの書かれた札が効果を持つのである。
そしてその限りにおいて、札のルールがゲームを台無しにしないようにルールが形作られてきたのだ。
「1マナ1/1とか4マナ3/3とか言うけど、そんなん1マナ20/20のカードがあったら終わりやろ?」「そんなんつまらんやん」「いや、俺やったらカネ出して買うならその方が分かるで?」というやり取りを方々のやらない人から聞いたが、まさにそうなのだ。例えば宝くじの当たりが1万円で売られていたとして、買うだろうか?俺はネットで馬券を当てたとき、勝ち馬配当券は3000円程度だったが、最寄りのなんばウインズまで電車で往復1100円で時間も往復2時間強。このとき、1000円か2000円くらいで誰か3000円の勝ち馬投票券を買ってくれないか奈良の近所で売りに回ったことがあるのだが、誰も信じてくれず結局なんばまで換金に行って損をしたとまではいわないが、電車旅行と1杯のラーメンをすすってゲーセンに立ち見に入ってゲームをせず帰ったことがある。
まあ、俺は宝くじの当たりが1万円で売られていたら、ネットでちょっと調べて本当そうなら買ってみるかもしれない。1万円が浮いていたらの話である。
だがもし、馬券は100円だから価値があるのであって、3000円の当たり券でも「100円で買ってくれ」ならお恵みの100円はあったかもだが、当たっているのが証明できる3000円の当たり券でも、100円でも売れない経験をしたのだ。
つまり、競馬場でゲームが始まる前の投票権を買う行為にこそ意味があるのであって、ギャンブルは世の中に余ったお金を夢に捨ててもらえてインフレ率を抑えることに意味があり、昨今の世の中はどこか「当たって遊んでいる夢のような生活の人」に対して、お金でモノを買うのではなく飲食店など製造というかサービス業に近い労働者が悲鳴を上げている世の中ではないだろうか。
それで、もし1マナ20/20では無いにしても、1マナでカードを3枚引けるカードと0マナで好きなマナ3つ出せるカードなら実存して、百数十万円くらい現値で付いているが、買うかと言われると俺は買わない。ゲームがしたいだけだからなのだ。
しかし、勝つという目的を考えたら、お金に問題がなければ買うべきだろうし、ゲームバランスを考えてスライの理論は「相手のライフが20なので丁度減らす」戦略であったはずだ。それ以上は減らそうにもゲーム的には既に勝っていて、NWOなどのデッキが出てきた時にオーバーキルと非難する人もいた。勝つのが20点なのに何のためのデッキなのかと。
これも同様に、オーバーキルであるべきなのだ。勝とうとするならだ。その辺が分かってくると、昨日書いたようにマナカーブ、費用対効果、手札優位で何もかも強いカード選び、デッキメイクが見えてくる。

んでこのデッキで遊ぶんかい!というと、もはやコレクションとして楽しんでいる。
まあ、もし1マナ20/20で白っペタに縁と裏面だけ書かれてMTGのカードとして使えるカードというのを印刷しても、ゲームに没頭する人が買うかどうかは疑わしい。これらのコレクションは絵柄的にも気に入っているものを使っているからだ。
かといって、今時はパソコンやスマホタブレットで絵が見れるので、画面に絵を映すだけで楽しいかというと、実物カードを繰って遊ぶのも贅沢で楽しい時間なのだ。
それが本当に莫大な財産だというなら民主主義で野党派から非難されるようなことかもだが、何と1枚10円程度のメンコで遊んでいるだけのささやかな楽しみである。