法の実効の最後は暴力という自説を掘り下げた

くだらない持論と思われるかもだが「刑法が守られるのは警察という暴力があるから」

これは俺の自説というわけでもなく高校の先輩が対話の中で言葉にしたもの。

何のはずみでそういう話になったかは覚えていないが、この言葉が強く印象に残った。

確かに俺はその当時ゲームクリエイターを目指しながらプログラムも書けないし音楽も出来ない絵を描くといっても漫画で、ゲームの中で絵が動く仕組みも分からず、ドラクエのモンスターの静止画を描くような仕事か企画くらいしか出来ないだろうなと思っていた、そこに先にゲーム会社に就職を決めた先輩がカップラーメンに生卵を落とし、風邪を栄養ドリンクで誤魔化し、終電で帰れるなら過労死はしないという話とともに俺に伝えた言葉のひとつだ。

特に俺がそう思うのは子供の頃に親父を言い負かすと「お前は親に食わせてもらっている子供なんだぞ」と言い、かなり強く殴られて他の家族がそれを見て見ぬ振りで止めもしなかった痛ましい記憶を呼び覚ます契機となった言葉である。まあ、こうしてブログという媒体とはいえ文筆をしていると体験談と創作の別が読者に伝わらないとは思うし、芸能人になったら体験談とエピソードの別もなくなってしまうものだとは思う。だからここは掘り下げない。

ただ、俺もいくら子供でも恐れというものを知ったので父親には逆らわなくなった。これが我が家で親父が法であり、それが実効性を持つに至る証左だと考えられる。最後には殴るではなく、まず痛い思いをさせて恐怖で精神を支配してしまうのだ。

この方式を使えば核武装なども合理的に理解出来る。その威力を映像や体験談などで語り継ぎ、実際にそれを行使する力があると示して脅迫するのだ。そしてそれが行使できるとなると、実際に操作する人間なり機械なりの操縦権の奪い合いが現代の政治だろう。普通の人間関係と同じで、いじめたい奴がいたら直接殴るのではなくバカで力の強い奴にいじめの標的が殴らせたい奴の悪口を言っていたぞというふうに教唆して暴力を実行する。殴られた奴は痛いし、殴った奴は誤解だし殴ったという事が罪になり、一石二鳥で消したい奴を二人消せる。

この辺がアラブ諸国の絶えない紛争の遠因なのかもしれないが、近年いよいよ日本を東西に挟む中露や英米が直接対決となりそうだというメディアの風説である。そうならないようにワクチンを打って馬車馬のように働かされるのが日本の貧民層や在留外国人なのかもだが。テレビを見ているのは果たして富裕なのかという疑問すら起こってくる。

本稿では特に痛みと暴力による恐怖支配のみについて書いたが、人が動く動機は本能的な食欲、性欲、睡眠欲以外にも名声や怨恨など、単純なものから他人には理解不可能な複雑なものまで多岐に渡るだろう。つまるところ各自の目的があって、標的が意図通りに動けば用事は足りる人間関係が人間の集団同士の関係となり、その突き当たりが国家間の紛争ではないか。

テレビが芝居やスポーツで楽しまれている間は良いし、俺なんて音楽でほとんどの用は足りるタイプだが、国会の期間中はNHKでそれが流れているのでじっと話を聞いている。結局のところ予算の割り振りが給料と間接的に結びついている各方面から種々の議題が出て、多く取ったところが論戦の勝者なのだろう。それが全てであって、積み増された軍事費から新兵器が出たところで、それに脅迫以上の論理的な使い道など無い結末を願う。


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