ヒマナンデス

だんだんと寝苦しくなる初夏の夜にうつ伏せになってDSでトルネコの大冒険3を。

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祝福の壺とスカラの巻物で何と「こうらの盾」を+15まで育成。元が真紅ならもっと強かろうに、この有り合わせのアイテムを上手く使って進む俺、上手いんじゃね?と思っていたら気が緩んでAボタンを押した攻撃に耐えたゴーレムから返しの一撃で撲殺されました(泣)

あーん、またやり直しかぁ。けど記録的に18階は最高到達点。20階まで行きたかった。

 

夜が明けて目覚手からクリームパンと味噌汁の煮麺(にゅうめん)という謎の朝食。

テレビドラマの再放送で小池栄子がお姉さんの家族モノのホームコメディを見ていたがお兄ちゃんがニートで義理の兄さんが会社員でその昔ベーシストとか、なんかどこぞの家族とニアピンだなぁと思って見ていた。多分ね、世の中にはテレビドラマと現実がちょっとごっちゃになっていると言うか、ドラマというのもフィクションのようで時事を斬っている部分もあるわけだから、得体の知れない人を取ってみて、それがドラマ化されると「すっぱ抜いてやった!」みたいに「あんたベースやろ?」とか切り込んでくる人がいるのはこういうドラマのせいよな。再放送で初回放送は2019年。なるほど。いつも再放送で分かる。

そしてテレビより怖いのは乗っかりたいと思っている視聴者で、なんならコーヒーショップ初めようかみたいな人もいるから時事性がはじめはあってもゆるく現実ととろけあっていく。

 

世の中のいわゆるオタク層には「分からない奴は放っておけ」みたいな空気感があるが、トルネコ異世界でレベル10で死んでいるスクショを俺が貼っているとして、他のドラクエ系ゲームでレベル99まで上げたという何らかのスクショがあった場合にゲームのルールを知らないと普通レベル99のほうが頑張っていると思うよな。

そして大衆政治や選挙というものはそういう風に野田聖子松田聖子の区別がつかない人とかを騙しているわけで、トルネコの大冒険3を趣味にするというのは「お小遣いがなくても何度も繰り返し遊べるから節約になって現金が得である」というひとつの価値観に共感したからそうしているが「単純でも繰り返せば必ず成果が上がる」オリジナルのドラクエの人気を軽視するものではないし「いちいち最初からやり直しさせられるのは時間の無駄である」という考え方もあるだろう。

 

ストリートファイター系ゲームも誤解を解くのに20年ブログを書き続けてきた。これはトルネコももうちょっと頑張って書かないと「レベル10であきらめる人」みたいなレッテルを貼られてもやむなしだ。

 

 

「分からない奴は放っておけ」の価値観でいると、仕事をどれだけ頑張っても悪者にされてしまったりするものだ。そして説得するとか理解してもらうというのと騙してしまうというのは全く別のことで、騙されている人の洗脳を解くのには科学というのはちょっと弱くて、正しい科学を知ってしまうとソクラテス弁証法で結局何も分からなくなってしまう。そこからアリストテレスの現実というものが存在するという世界観に移り変わって、世の中で起こっていることというのは幻想で自分の身の回りに起こっていることこそが現実だという理系人と、会ったことはないが日本には恐らく1億3千万の人がいて徴税すればものすごい額になるみたいな世界観の人とはなかなか話が擦り合わないだろう。

その意味で、大きな仕事と自分では思っていてもビルの中でパソコンいじりと会議室だけが自分の関わる世界で、仕事の成果が世の中にどういう風に出たかというのを見届けることがないまま死ぬのではないかと考えると、そんな仕事に対象となる現実があってもなくても俺には変わりないと思い始めたところで俺は病気になった。

病気になったから俺の発言が狂言だと思われだしたのか、俺の見聞を誰かに伝えようとしたがためにそれが狂言と思われて精神科に放り込まれたのか俺には区別がつかない。官公庁とメーカー企業とゼネコンの関係を分からないまま、勤めに出てパソコンがわからないやつは放っておけばいいと毎日打ち込んで、そして蓋を開けたら精神科である。

 

こんなところでブログ記事を打ち込んでいても読まれて何を思われるか、結局いまも分からない。ただ、広範に張り巡らされたウェブシステムの相互作用というのはひとりの人間の脳では想像の及ばないたぐいの仕事だ。こうすると、どうなりそうか何も俺にはわからないまま執筆を続けている。光明の差す日は来るのだろうか。