定点観測

最近YouTubeにアップした動画の再生回数が気になって。

いや以前は放っていたんですけど、最近誰にも見向きされず数回から30回くらいの再生で止まっているので、何が起こっているんだろうと巡回すると、同じようなギター弾き語りでも同じ曲をもっと上手く、もっとイケメンが、歌詞や映像をワンポイント工夫してやっているようです。色々あるから検索にかかる上位が視聴されて、埋もれたなと。

そんな観察をしていて、久々に株式トレードの動向をチェックするわけです。9月だから。だけどこれ、当たり前っちゃ当たり前なんだけど9月に動くとなると8月に先読みしてくる人が多分むかしは数少ないトレーダーだけだったのが、ネット取引で乱戦模様。事件と思えるようなトレードの履歴とか、バブルかよと思うような銘柄がいくつか見られて、張っていなかったことを少し悔やみました。

ただ、同じことは漫画雑誌でモーニングとヤンジャンを取っていたんですけど、しょうもない遊びばかりしているようで遊ぶのにそれなりに忙しく、漫画を取るのをストップしたんですよね。部屋に積もって整理しないと新しい漫画取ってきたら括って捨てるか物置整理だなと思って。そうして、読むのを中止して止めた漫画を整理してまた読むと、ちょうど気になるところで待て次号。その次号もう8月末に店頭に並んで回収されてるんですけど!みたいな。

積読漫画すら読めていないというよりは、もともとオーディオとかゲーム機とか高価な趣味だったものが漫画雑誌とか読書とか割安にシフトして、ゲームはそれはそれで遊びごたえがあるタイトルを複数持って、レコードも乃木坂46の初期にパンクして、それで以前の投資って「カネ払うから俺にもっと面白いゲーム作れやコラ!」みたいな感じだったんですけど、いつの間にかお金が増える投資みたいな方向になって、そしてたどり着いた今がまるで貧乏暇なし。

この忙しさは貧しさよな。去年42歳くらいは暇で、その話をしていると中野信子が得意げに40代になるとセロトニンの分泌量が上がって落ち着いてくるとか著書で語っているのを読んでふんふんと思ったものだけど、最近また東洋医学の本を読むと酒のページにイギリスで飲酒量を禁酒少量中量多量に四分割すると死亡率が少量中量のほうが低かったみたいな西洋医学の実験データが載ってて、そうよね、東洋医学も経験的体系はあるけど実証実験には西洋科学の方法を取るわけよね。だけどその実験、飲酒以外の相関関係全て洗わないと、何とも言えないんじゃないって思った。その実験からペプチドが発見されたとか、本の構成として東洋医学を題材にしているけど、ゲーム攻略本「ウィザードリィの全て」で「キャラのヒットポイントが何百倍にもなるのは体力が何十倍にも強靭になるとは考えられず、身のこなしでかすり傷に抑える能力のようなものがヒットポイントだと考えられる」みたいな、いや最初にあるのは数値モデルだけだから、レベル13でクリアを前提としていてレベル1000まで上げて何倍にもして遊ぶあしび方とか想定してなかっただけで、そうなってから理屈を付けたんじゃないのって思って、それとこれとは東洋医学も西洋医学的な発見を東洋の古書に関連付けて著者が小遣いを稼ぐために知識を小売に出した趣味教養ものなんだろうなと思うようになりつつ。

そう考えるとちょっとセロトニンの分泌量が上がったのか落ち着いてきた。ファンタジーとか東洋物とかワクワクして読み進めるとドーパミン増えとるやん、みたいな。普段考えないような事とか全く知らない単語が出てくるものが読みたいときってあるからね。

科学の歴史よりそれ以前の人間史は長く、振り返るという考え方も科学的な時間という概念の発見以降に生まれるものだから、旧約聖書くらいだと預言者の奇跡で日時計が反対に回りだすとか平気で書いてあるからね。いや、無いでしょ!と考えることが神への冒涜になるか、みたいな。そのへんは科学的思考とエセ科学宗教家プロパガンダに騙される信奉者がそれまでの宗教と信者の取り合いをしていて、だけどプロパガンダが無い真の科学者とはとなると、カネを生む科学はエセ科学なので理科の先生をする教員とか、商売の傍らとか、里暮らしとか、何か別の種が必要で、最近その界隈に実験的株式投資で上手いこと儲かった噂話が追体験者を増やしているんだけど、原理的に株の売買で10万円儲けたとして、それに追従するのは最低でも売買往来1円2円のロスが出るわけだから、10万人追従すると最後の人はもう儲からない。

このへんの原理に気づくと、見張って後追いで数万円儲けるチャンスのために日がなパソコンで株ウォッチャになる効率の悪さみたいのが嫌になるけど、見張ってなかっても後から見てしまったという気持ちにはなるものよね。

結局それは株式でも1円2円のロスから始まるように「それくらいは大差なく真似をすればよい」という人間の思考回路って、大量生産大量消費の消費者的な考え方で工業によって同じような製品が与えられているから他人と自分を同一視してしまうという出発点で、スポーツマンでもトップアスリートとコンマ数秒を詰める戦いに興味があるかないかとか、人を真似るのには見聞きして情報が伝わるまでにロスがあるので、マイケル・ジャクソンのようなバシッとバックダンサーと揃ったダンスは見よう見まねではなく鏡を使って何度も練習しているとか、そういうことに対する想像力とか知識の足りなさよね。

揃えるなら揃えるで、先に仲間の人間を選んで決めておいて、同時に策定しなければならない。その根回しにネットを使ってメチャメチャ時間をかけてきたから上手く行っていることを不公平だとひがまれても、まあそりゃ気持ちはわかるけどアンタら俺のこと最初に敵に回していなかったかと思う気持ちはあるよね。

ただ、優しさとか強さって戦って勝つことに意義を見出すのではなく、荷物をしょってそれを守るための戦いとか時には逃亡のための高速移動とか隠密行動とか、とかく敵味方の区別を付けてから始まったもので、敵に情けをかけるくらいなら最初から平和を目指せよと思われるかもだけど、戦略シミュレーションゲームに例えると索敵オンつまり出会ってみないとどんなやつかわからないところから戦いは始まっているわけだから、俺と俺が仲間だと思う人間だけ得をするのと、公平不公平ってのは全然論点の違う話なんだよな。

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