「格闘ゲームの金字塔はストリートファイターIIである」というテーゼはカプコン社とそのファンであるライターが雑誌メディアで展開したブランディングであると思う。
実際問題としてデータイースト社のファイターズヒストリーが訴訟を受けた事案もある。洗脳戦や著作権法で勝ったものがホンモノであるという世界観でモノを見た。
しかし純粋無垢な子供の目で見ると、確かに黄色いゲージとタイマーが上の方にあってパンチやキックをしてそれを減らすゲーム性はストII以降そこかしこにあったわけだが、それはストIIだけだと飽きるだろうと絵柄を変えて店もそれを搬入して、子供の遊び場としてまた「わやくちゃ」になったゲーセンが俺の好きな遊び場だった。
そこにオリジナルという概念はなく、ただ俺はストIIが好きで勝てて体で覚えたものだから、ちょっと操縦感覚が違うものが苦手で、似たようなゲームである餓狼スペシャルはまだ勝てたが、気力のある龍虎の拳2や飛び道具返しに投げ返しのあるワールドヒーローズ2は思うように勝てず、ちょっと友達に負けたのがシャクで「クソゲー」と呼んだ。
ストIIのキャラもカッコいいと思っていたが、本田ブランカザンギエフという裸レスラーよりも、俺は服がカッコイイワーヒー2のキャプテンキッドとブロッケンが本当は好きだったのではないかと思う。ダルシム使いがダッシュでベガを喜ぶようになった。そこにナチス服で手が伸びるブロッケンはヨシイ君と取り合いをするくらい譲れないキャラだった。
そういえば俺らは漫研だった。まあ漫研が漫研らしくなったのは卒業後で、もうちょっと時代に先行く「SFアニメ研究会」でアニ研が通称であったが、アニメもSFも視聴覚室でビデオを見る会でありつつ俺ら世代はゲーム同好会とTRPGとその同人誌をコピー本で作る会で、俺んちにシャープの複写機があったので、ゲームで遊んだお金を他校ではあるが高専の遊び仲間が100ページ超の本をウチで何冊も刷ってくれたな。
そうすると、ゲームのルールや勝敗に音楽も俺は好きだが、漫研的に伝わる第一義はキャラ絵であって、子供の頃にマンガが好きだった俺は何故か中高で拗ねていたのは小学校では絵の上手い方だったがいつからか全然描けなくなっていたからだとも思う。
恐らく、白黒のマンガを読んで模写で描いていたのが、展開の速いゲームのカラーのアニメをもう一度マンガに落とし込む視力とか画力は俺には無かったからだ。ゲームも好きだが攻略本の隅にある設定資料集の原画にやきもちを焼いていた。

まあ蛭子能収さんみたいな漫画家も世の中にはいたわけで、上手く描けなくてもこのブログという趣味のような仕事に下手な漫画を乗せるくらいの仕事は今すぐ始められる。
ワールドヒーローズ2も届いてから写真も交えて詳しく書くつもりだが、あのゲームの「飛び道具返し」と「投げ返し」はストIIのキャラバランスがつまるところ固いガードを飛び道具での削りと投げハメを巡ったゲージの減らし合いに収束するところを、そのダメージ減に返し技を付けた実験作の面もあり、極める前につまらなく思ってしまったのだが、それはナンチャンが飛び道具返しと投げ返しを上手くなって、得意のストII攻めが通じない歯がゆさだったのだろうと振り返る。
そこを踏まえてコマンド投げの「リョウコ」を喜んでヨシイ君が遊んでいたと思うが、餓狼2で山田十平衛でワーヒー2がリョウコのヨシイ君はもしかしてバレーボール部レスリング部だったけど柔道好き?と30年越しに同級生の趣味すら気付いていなかったことに気恥ずかしくなったりするのである。ケンカがしたくて格闘ゲームなのよね。
その意味では流行の追い合いでストIIで勝ったからと意固地にしがみついた俺は実は相手にされていないだけで、皆でSNKゲームに移って行ったわけだから、今更にワールドヒーローズ2の良さを語るとなるとアニ研関係では完全にビリになるのだが、それでもストIIの世界に閉じこもってしまうよりは恐る恐るではあるが、俺の世界は一歩前進するのである。そしてマンガも上手くなりたい。頑張ろう!