貧富

 店番をしながら遊戯王というのも1週間で飽きた。遊戯王に飽きたというのもあるが、店も暇で俺は何かに怯えて無暗に働いたのだと思う。パソコンが動かなくたって死なないし、ゲームに負けたって命もお金も取られない。ただ、ゲーセンで負けると100円は取られるので、100円取られない備えをしてゲーセンに見せに行かないといけないとは思っていた。自分のゲームを見てくれる人などいないから、ゲームを頑張るとその成果はゲーセンで誰かに見せて発表しなければならないという観念。

 しかしゲーセンの店番とか常連客は見てはくれるがどこか冷ややかだ。温かい風に接することはどこかで商売として覚えたのだろうが、人の名前をコケにしていたずらをしたりいくら勝っても相手は負けは認めないし、あらゆる仕返しがエスカレートしていた。

 子供のころから、人の見かけの美醜や肌の色で分け隔てなく接しようとしてきた。どこかでそれは破綻していた。小学校の高学年くらいから黒人にやさしくするのは優等生がイメージアップを図っているからで、分け隔てが無いことに不満を覚えるナショナリストもたくさんいる。

 難しい舵取りだと思う。広く世界の人を愛せるか。国民の利益を優先するなら後進国を奴隷のように使って貿易で儲けるほうが良い。黒人を肌の色で差別するのではなく後進国が赤道上にある場合に奴隷にされているからそれが肌の色のせいであると思っている人もいるが、ロシアが徴兵するなら白人も傭兵になるし、肌の色で分け隔てているわけではない。もっと酷く、貧富の差で分けられているのだ。

 俺は金があってもカップラーメンを食うような男だが、この間いちどピザの宅配を頼んだ。ピザとソーセージとドリアを頼むと4240円した。高いと思ったが、相手は印刷された丈夫な紙のチラシを配っていて、俺んちの直接のお客さんではないが、しっかり広告を打って、うまい料理を作って、建て構えも新しめだが、客が入っているのを見たことがない。みな他の宅配ピザと値段を見比べて高いから避けるのだ。

 しかし、頼んでみると料理の味もよく早く届いて愛想もよく何も問題は無かった。高いとは思ったが、相応のものなのかもしれない。

 居酒屋さんからイラストの謝礼でいただいた分は何かに使わなくてはと思ったが、スイッチを買ってゲーム機をもう1台増やすのだけはなぜかためらっている。


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