昨晩のNHKでGLAYが良くやった話

 昨晩10月10日はNHK・SONGS「GLAY」を観て酒をあおって寝た。

 本番中は良い気分だった。自分の過去とGLAYを重ねて、まるで若い時に良い時があったような気分で、番組が終わってから台所でマグカップに注いだ白鶴「まる」も旨かった。勝利か敗北か、そう簡単に線引きできるものでも無い。ただ「良かった」とSNSにつぶやいて寝床に付いた。

 朝から、少し腰をかがめたとき、腰よりも背中と言った方が良い所に激痛が走った。まあその後2時間もすると薬も無くおさまったので、大したことではないかもだが、30代から腰痛、坐骨神経痛など痛いところを庇うと他のところが痛くなる連鎖であったが、そういえば昨日はスーパーまで買い物に行く間に歩き方を変えたなと。言葉では説明しづらいが、子供の頃にすぐに足が大きくなり靴を何度も買い替えるのでブカブカの靴を履いてスリッパのように、脱げないようにペタッと足を突く歩き方が定着した。しかし締まった靴で踵から入ってつま先から出る、普通の歩き方が出来るようになった。姿勢や歩容に気を使って、街をシュッと歩く。その次の日が背骨痛という現実。

 ブログは1日休んだが、ノートには3ページ分ほどの文章を書いた。貧富について雑然と1ページ書いてから、音楽のコード進行についてAIに尋ねた返事を半ページ書き写し、そして歴史の本から20世紀のアメリカの修正資本主義とはいかなるものかをまとめて書き取った。

 もう、言いたいことがあるわけではなく、ただ学びが足りず書いて人に伝える前に自らがもっと学ぶべきなのだろうと、そう思って新しく学んだことで今までの自分の考え方を整理するのにずっとぼーっとしていた。

 少なくとも貧富というのは一般論として個人ではなく二者以上の比較の問題だ。貧困という境遇は非経済社会生活では飢餓や病気の苦として表現されて、そこにお金があって病院で診てもらえる人や売られている食事を買える人、買えない人などが貧富の境界線足り得るだろう。

 それで貧富を軸に考えるのは、俺自身が政治家の家系で(と言っても家業は文具屋だが)政治的な諸問題が解決しつつも、市民の不満の受け皿足り得ようとすると叫ばれるのが常に貧困であったという話だと思う。俺の視点も国家で解決するべく考えた。

 しかしまあ、現実的には貧しくて困っていますと近寄ったものに対してだけ計らいをして、政治を広く取って国家の貧困を何とかしたわけではない。国家は基本的に豊かで、多数決の選挙で貧困は小事として忘れ去られがちであったからだ。

 そして政治を取る将来を期待されながらも、本人はカラオケでGLAYを歌うようなティーンエイジメモリーズを振り返ると、それはそれで昨日のこととして流して、いよいよ自分に何が出来るか考え直すべき時が来ていると思うのだ。

 それで何をしたかと言うと、またスーパーに昼飯を買いに行き、中華丼にして野菜を取り、食パン以外にマロンデニッシュとホットドッグを買ったくらいである。

 それがどうしたんだ!と思うが、必要な食事以外にちょっとおやつを買う贅沢が、あるいはパン屋さんの利益になり、弁当類をはじめとする買い物がコスパ一辺倒になると、段々とお店のサービスと言うか弁当の品質が下がる経験をしたことがある。

 そえがまさに政治軸となった時に経済か共産かと考えがちだが、もっと具体的にお金を払う時に店もちょっとは儲かると思うくらいのモノを買うということ。まず原価を考えて、それでも店に儲けはあるんだからと一番安く買う生活から、ちょっと儲けがあるかなくらいのモノを買える余裕が、購買者から生産者への経済循環を生んでくれたら。

 貧乏か金持ちかではなく、一番多い中間所得層のちょっとした消費動向が共感と連鎖によって大きく広がることで、経済の諸問題は景気観のような漠然としたものではなく利益率と言う抽象問題から具体的な金額の問題に転化されてゆく。

 マクロ経済よりも、もっと具体的なスーパーの売れ行き感や並びに値札の数字。そういえば皆から頼もしがられる存在であるウチの親父も買い物に行くとどうしてそんなにかかるんだと思うくらい店中のモノの値段を見比べて、まあ簡単に言って安いものを買ってくる。しかし他方では皆に奢ったり贅沢な使い方もする。スーパーにはケチな態度で、他方では振る舞い酒だ。

 このバランス感覚は継がないといけないものかと考えたが、親父の若い時と言うと商売で成功した金をよく別の儲け話で不意に損させられていた。上がると買わされた株が買ったとたんに大暴落というようなシナリオだった。そばで見ていた俺は大阪に出て帰ってから、親父にかかって来る証券営業に割り込み、親父にネットの株取引関係の常識的なランキングを見せた。

 それだけで、ウチが怪しい株ではなく、上がるか下がるかはともかく比較的安定した大企業の株主になってしまったのだ。これで大丈夫だと思った矢先、親父が儲かったと連日連夜酒盛りに行きまあ付き合わされて断れない性格なのは分かるが、最後には俺が親父の借金の保証人となった。

 それでも、その頃からカップラーメン生活がせめてスーパーの弁当ぐらしにはなった。昨日の晩なんてちょっとカレーが食いたいという時に居酒屋さんの仕出しに「カレー行けますか?」と尋ねてカツカレーを持ってきてもらった。東京のマンションで夢のウーバーイーツ暮らしではないが、自宅にカレーが届く。

 そういう時に以前は「こんな贅沢して良いのか?」と思ったが、ある時には使うほうが良い時もあるという話。

 進まないと思った文筆ではあるが、くだらない話で長くなった。まあ俺も借金するほど遊んだことがあって、その時の最後には返しきれず残ったカネを親父が肩代わりしてくれた。その分を返せているかと言うと、家族として当然の分の仕事をしているだけだろう。

 よそでのアルバイトや派遣SEはしたことがあるが、親父は仕事を教えてはくれないし、店を継ぐのは無理なんじゃないかとも思っている。ただまあ、店番と言うか留守番と言うか、家にはずっといるし、今でも趣味がギターでよそから見ていると道楽者のドラ息子を親父さんが頑張って養っているという格好なのだが、親父は俺を保証人にカネを借りている。複雑よね。

 そんなことも大事な事ではあるが、腰痛というか背骨に来たように、お金のことより健康面のことが先でくたばるんだろうな程度には先を思っていて、そして貧困と言うのは少子高齢化でジワジワとやって来る。それは国を主体と考えたときに、年寄りは国から年金もらえないと暮らせない弱者であるとするからだろう。

 そうではなく、ウチは俺が病人で、だけど年金をもらっていて、親父も年金をもらいながらまだ店の仕事を頑張っている。それで俺にも働いていた時期があり、その頃からの貯えも幾らかある。

 それでまあ、先のことも大事だがNHKでGLAYを見ると今のGLAYのことよりも若かりし日を思い出して、まあ道楽かもだけど自分もやりたいこと充分やったような気分に浸って酒を飲んで寝たのであった。


🄫1999-2023 id:karmen