メルロ・ポンティ

 世の中には創作があって、本が正しいとは言い切れないかもだが、言葉の根っこを捕まえるときに辞書を使うのは一般的である。良識を持ってまとめられた辞書で言葉の意味を確認する作業は大切で、俺はまあサンタックコンピュータ専門学校、奈良学園中高、郡山南小学校卒なわけだが、良い大学を目指すのは何故かというと偏差値が高くてマウントを取れるとか言うのではなく、良い授業を受けたいからであるべきだろう。特に小学校の頃に授業で受けて覚えていたことを思い出した時にあらためて辞書で良く調べるとデタラメに先生がしゃべっていたことが判明することが今でもある。

 反対に中学の時は英語の先生のデタラメをその場で指摘して、目を付けられた。先生が完璧でない以上は授業内容も完ぺきではないし、教えも完全ではない。では辞書が完全かと言うとモチロンそうでは無いかもだが、少なくとも言葉を意味から間違えているということだけは是正できるだろう。特に中学からの英語は英和辞典を使い、英和辞典は国語で書かれているので、俺の取りこぼしは中高の勉強ではなく小学校レベルの漢字の間違いくらいまで遡らないといけない部分があった。

 まあ、東京のエリート校に笑われるのは至極当然だと思うようになったし、勉強が足りていない分ゲームや芸能に強いかと言うとその道でもどうという事はない。それでもこうして毎日ブログを書いて人目に留まることが、見るところからは羨ましく恨めしく疎ましく、では自分はどうかと言うとITという花形に見られる業種にいたことで、気付けば自身を低学歴に思うのは付き合う周囲の学歴が立派だったからだが、そうして近寄って来る個々人には異様なほどのポジティブさがあって、説教されたり、自分の後ろ向きさが否定されて悩んだりしたものだが、もしかしたら今ネットで他の人に自分もそういう圧力を押し付けてしまっているかもしれない。

 それでまあ、今日も少し勉強をしたのはもし俺の格闘ゲームの練習が全部勉強だったらどうだったか、と思うのだが、それは過去にも思い勉強しだして、やがて高校までの履修範囲を復習して、ITの勉強もして、書店に行っても「もう欲しい本は売っていない」くらいに全部やり切ったみたいな感性に慢心して「またゲームしよう」となったのだが、そのゲームでも「何のためにやっているんだろう」「ずっと同じことの繰り返しではないか」と思う時と、ケンの小足小パンチからノーキャンセルで疾風迅雷脚を入れるのが小足小足キャンセルより楽かも、と言う程度の小さな気づきを喜べる時があるように、まあ今日だって言葉の間違いを辞書で改めたわけだし、本を読み返して読み飛ばしたり漏れているところは無いかとやりだすとメルロポンティをすっかり知らないことに気付いたのである。

 そうすると、ネットで「ゲシュタルト崩壊」という言葉が自分の行き先で流行っていたことがあったのを思い出したが、その前にゲシュタルト効果があるということは知らなかったけど、誰も教えてくれないかとググってみると、行き先を変えれば一生懸命にウェブにゲシュタルト効果を教えてくれている人はたくさんいるのに、ゲーム掲示板ばかり言っていて、そこで誰かが言った「ゲシュタルト崩壊」のほうに皆の注目が集まって繰り返されていたわけである。メルロポンティはフランス人だからフランス語であるかもしれず、独語のような響きでもある。そう、今意味を調べよう。合ってたがドイツ語に会った言葉ではなく哲学から起こった言葉がドイツ語になったようだ。便利ね。

 しかし全くネットでモノを書くというのは不思議なものである。読まれる以上は俺の書いた思想の中に来客があるわけだが、よそに行けば書いてあることをウチにもわざわざ書く必要はないという考え方と、それでも読み飛ばされないように注釈は入れるべきだろうかとか、とかくウチで書いたものは全部読まれるという前提で書いているが、読み飛ばされて批判されおもちゃにされると、やけっぱちになって大ぼらでも吹いて遊ぼうという気になったこともあるのだが、まあそこまで上手には書けない。架空の自慢でも上手く書けば現実に見えるという虚構が果たしてうまい書き方なのかと言う哲学的な問いが俺の中にあるからだ。

 俺自身が小者なので大物願望はあるのだが、実生活では俺は大柄なので、何もしなくても大物であるがゆえに、体のないネット社会では現実のスポーツなどの体験が無くても文面操作だけで上手い事やれる人の方がまあ強いのだろうなとは思う。ゲームの攻略にしても、読んで面白いものは思考法とか裏技で、トレーニングメニューのようなものが嫌われて疎ましくて読んだ人が出来ないことを「出来っこない」と怒ったその怒りの矛先が著者であり参加者の俺に向いたとして、まあ分からなくはないが俺がそこまで罪悪感を抱くのも何か間違っているよな。相手が練習しなかったのだから。

 まあ、それが前述のポジティブ軍団への疎ましさの正体であり、俺の中にもある「しんどがる自分」との付き合い方で、中野信子など読み進めると癒されるのだが、それは女性だからであって、男性社会にその論理を男性の俺が持ち込むことは無意味だ。

 今日の話はそんだけです。「努力は実る」の前に努力ってどういう意味か知れ。


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