ロボットらしきものをデザインしてみた

 専門学校時代に卒業制作として三箇月かけて、思い出補正もあるがそこそこのCGが出来て、これなら就活行けるんじゃないかと思ったが、希望はダメだった。

 それからメディックス社でプログラマーとなるわけだが、学生の時の希望がグラフィックそれも3DCGなので、それ今やろうと思えば出来るやん!けどなぜ重い腰が上がらない?そうさねサラリーマンで月給暮らしでルーチンワークに自分を押し込める中で変化に対する怠惰な姿勢が抜けなくなったからだね!

 というわけで、今までロボというと「顔」に力を入れて描いていて、懐かしのアナカリスロボやガンダムの顔デザインを覚えている方もおられるかもしれませんが、多分ほとんどの人は知らないけど、知らない人が読むブログにしては既に知っている人にしか通じない話のなあなあ展開。どうしたもんか。まあロボ描いてます。

 プログラマーもミュージシャンも子供の頃の憧れだけど、メカニックデザイン大河原邦夫も漫画家鳥山明よりもさらに上の憧れかも知れん。メカニックデザインって何が仕事なんや?もしCADでロボの絵描くだけで良いなら俺既に始めているんやが。もしかして売れないマンガ家並の薄給で、カネモの暇つぶしで食うも食わずにメカ描いている人に勝てんのか?思うと、まあそれでもヘボくても描くしかないでしょう。

 だいたい、専門学校行くくらいから遊び仲間の年上がカプコンに入ると言ってホントに入れたらしくそっちから「いやそれでもミヤザワも上手いって」とおだてられるようになったのは、彼自身がおだてや貶しの飴と鞭で従業員として格ゲーのドット絵打つしか仕事が無くなってみて、褒めそやして俺にも何か仕事させようとしていたのかなと「いやいやそんなことなくて、かないませんよ」という訳の分からない仕事の押し付け合いは展開せず、互いに距離置くようになりましたねいつの間にか。経済的ななあなあに我慢が行かなくなったのは俺の稼ぎがいっとき良かった時ですが。

 まあプログラマーもギタリストも20年やったとか15年やったとか威張るなら、モデリング2年未満しか勉強していないわけで、今やったら久しぶりなのに不思議とスムーズに描ける。やっぱコンピュータの扱いや器用度や何かしら知らない間にレベル上がってるのよな。

 作業風景をあんまり見せるのも発表の感動が薄れてしまうかもだけど、まずはシルエットから造形を始めて見たところのスクショでも貼っておきます。学生時代には家のパソコンでひとりで黙々と組んで学校にフロッピーに移して持って行っていたので「いつのまに?」「だれがやったの?」みたいな疑問を持つ人もいました。俺がやってんだよ!と言いたいが、六角大王メタセコイアと言ったモデルソフトの恩恵には預かっていると思うと、独力とも言い切れず。まあLWとか使ってても独力の顔してるモデラさんが世の中の普通なのかもしれませんがね。志望が単にCGではなくゲームだからプログラムも込みで勉強して、んでモデリングして動かすことを学ぶ前にこのポッと出てきたモデラなるものはどういうプログラムやねん?というだけで3年以上かけました。

 その意味ではメディックスよりもユニオンシステムで育ててもらった部分もモチロン期間的にはそうなんですが、何も出来ない俺を雇ってくれたメディックスの社長と半年ほどだけど一緒に働いた同僚、先輩のこと、いつの間にか忘れてるけどあの時にはあれ以上ないくらいの幸運だったと思います。氷河期世代で仕事無いのがデフォって人と比べると、ホントにたまたまあった仕事で現場で育ててもらえたんです。

 まあ、無駄話はそんくらいでロボ描けよと。やりたかったんだろ?って、ね。


🄫1999-2025 id:karmen