ブログって何なんでしょうね

 こんにちは!カーメンこと宮澤郷介です!昨日は風邪でダウンしてました。

 病床に伏していると自問自答が多くなるわけですが、ちょっとだけ元気を出してGrokと対話しておりました。簡単な話です。民度って何だろうという。

 第一義的に民度とは集団に対する指標であって、個人を指して「アイツは民度が低い」みたいなのは使い方から間違っており、俺って民度低いのかなと悩む必要はありません。

 だけど、集団の構成要因としての個も民度の幾許かは担っており、意識高い系の民度低いは俺頑張ってるのにみんな頑張ってくれないみたいな文脈で使われがちです。

 それで実際問題として、風邪で寝ていて、治療も受けられず、自分で薬を飲んで熱い風呂に入ってひと晩寝て今日はマシになっているので、俺なりの治療法はまあ成功。

 行こうと思えば町にお医者さんはいるし、色々な店があることを省みると、店も開けないで部屋でパソコンしている俺は商店街としての町民の連帯に参加せずむしろ民度は下げている向きのベクトルも持ち合わせているわけです。

 商店街としてみると、若くて宣伝して頑張っている店と、客が来ないとただ愚痴って何もせず待っている店も両方あります。俺が今の意識になったのも、その客の来ない方の店が暇なので座って駄弁っている間に出来た「ダメだなぁ」という意識。

 それでなぜ民度の話になったかというと、このブログも参加しているランキングサイトが荒らし行為に遭ったというところからその話になったわけですが、それも参加者としては増えているわけで、賑わいがあって人が多くなると、お高くとまっている界隈からはどうしても民度が下がったという話は出ます。いつも出ます。

 だけどそれは軍団が大きくなる上で避けられないことかも知れず、祭囃子と茶室での一服のどちらが高尚かと言うと茶の方だと思われがちですが、ランキングというのが独占ではなく、参加者が増えたというのはむしろ歓迎すべきことかもなと。

 ある意味、エリート意識のようなものは少数精鋭でもって個の能力が高い小集団を形成して「我々は民度が高い」ということを対外的に表明するかもだけど、民度の母集団を国民全員くらいに取らないと言葉の指す民の意味も少なく「自分達さえ良ければいい」という発想は民度としては低いわけです。

 つまり、そういう風に幾ら精鋭で個が強くても、個では形成できない町民市民県民国民と広げて行っても民度が高いと言えるかとなると、格闘ゲームの世界チャンピオンは豚汁の炊き出しと向いている向きが違って、強く引っ張るベクトルの強度が上がっても、民衆を幸福にしていく向きでは無いかもしれない。

 となると、まあするべきは家と店の掃除だわな。向かいの料理屋の若大将は客が少なくとも店を毎日頑張っておられる。こないだは文房具を探しに来た小学生がいるとウチの店を開けるように手伝いに来てくれたくらいだ。好みのペンは見つからなかったが。

 自分の事ではなく他の人のことまで気にする民度って言葉はまぁ、言い出すのが早い。むしろ出っ張っていたり変な方を向いている者に対して一見足を引っ張って吏うようでも、足並み揃えて集団を大きくしていこうという向きであるなら、気に食わないところがあっても良い方能に向いたんだと思い直して今日も頑張って生きましょう!

 ブログランキングの前にブログってそもそも何なんでしょうね。言論空間なわけだから、書き手が増えたら当然読みに行く量が増えてしんどい。その意味では民度と言って自分たちの界隈で狭く括ると楽だから、そうありたいナマケモノの自分もいる。

 他方、新聞各社がネット新聞を有料にしてゆく時世の中で、体裁とか見たくれは揃っていなくても、言論に参加する人が増えているのは間違いなく事実だから、まあ俺ばっか言いたいこと言うんじゃなくて見守って読みにも行こうと思った次第です。

 秀長さまゆかりの地、奈良県大和郡山市柳町商店街もよろしくお願いいたします。


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