ゲームソフトなんてタダやんけ!と本気で思っている人がいて

「メディア媒体には価格があるがデータはコピーできるから無料」

という論理でモノを語るやつがいる。

デジタルデータを買うということはキンドルなどで当たり前になりつつあるが、ゲームソフトが何故DVD1枚で5000円以上するのかというと、丸儲けだと思っている人がいるんですよ。タダのものを5000円で売って丸儲けの悪い商売なんだと。

そういう人は例えば音楽CDとかもレンタルしてコピーして、著作権法に触れる触れないは自分ひとりくらいコピーしたってどこかに買うやつがいるんじゃないかと考えているんでしょう。

しかし、音楽CDが3000円でシングルを1曲着メロサイトやアップルストアで200円で買うことに抵抗はあまりない。これはデータのコスパ(価格/値打ち)を考えていなくて、単に自分のお給料とお小遣いから考えて200円なら買えるけど5000円は買えないから5000円のものは高すぎるという金銭感覚からくる価値観なんだよな。

その人はゲームが高い、元々タダだと主張するので例えば「種を植えたら地面から生えてくる野菜の値段をどう思う?」と聞くと「お野菜はお百姓さんが一生懸命世話をして育てた大切なものだ」と返してきたんですよ。

そうすると、例えばお百姓さんが一生懸命育てたトマトが1個100円として、束で入っている乾燥パスタが100円で160gくらい買えるのは何なんだと。植民地と違って独立こそしているものの、安い賃金で小麦畑で働いた外国人が育てた小麦を炭鉱で働いて必死に掘りだした鉄鋼などの金属を精錬してデカイ工場で重工業に従事して作られたタンカーに一生のうちをほとんど船上で暮らす乗組員が日本に運んでさらに届いた小麦を工場で粉にして麺の形にこねて袋に詰めてやっと100円で160グラムなのに、トマトはみずみずしくてグラムで言うとパスタより重いかもだが畑に植えて毎日虫がつかないように世話しているかもだが、パスタが160グラム作られるのに比べて圧倒的にお百姓さんの儲けが大きいじゃないか。

ゲームソフト1本の原本データも作るのに遊戯用のプレステなりDSに差し込むデータになる前に沢山の開発用パソコンでデータを入力して作っている。そのパソコンの機材台もデータ入力するプログラマーの給料も音楽家の作曲料も絵描きの給料も全部会社が払ったら原本データひとつは恐ろしい開発費用になる。もちろん、最初の論理でメディアさえあればコピーは電気代で済むから限りなくゼロに近い安い価格ではあるが、それによって本数を増やすと丸儲かるからたくさん売れたら返ってくると思って開発投資されているけど、ファミコンの頃にタケノコのように生えたゲームメーカーはプレステ2でほとんど潰れたんだよ。儲からないから。

ただし、作るのに手間がかかっているから買えば得かというと、例えばボトルシップを部屋に飾るというと金持ちの趣味だなと思うように、家でリモコン持って画面の中の人を自由に動かせるからって何がオモロイねんと思ってしまうとこの論理は成り立たない。トマトはおいしいから許される。

趣味として理解できないというだけで、作るのにどれほどのヒト・モノ・カネがかかっているか考えずにお小遣いより高いから「高すぎる」と言うのはやめて欲しいという話。