今日のカプエス2(相変わらずというか、ようやく草薙京・八神庵・ロレント)

将棋の例えで分かりにくいかもですが、矢倉囲いとか振り飛車とか戦法が色々あるじゃないですか。そのどれが一番強そうか見極めてから取り組みたいって後手に回る感じの考え方をしながら、自ら率先して試すと試すための取り組みと本番という自分の中での仕切りがあったとしても、誰に何の説明もなくキャラをコロコロ変えてゲームをしていると、何がしたいのが分からないのではなく、何をしようか分かっている人に先回りされるパターンにハメられたのかなと思います。
つまり、色々のキャラとグルーヴがあって、どれをどうやって決めて動かすか何の情報もない人に取って、誰かが試して途中で放ったものでも、何もかもイチからやるより充分に有用な先行研究であって、俺が何らかの理由で研究をやめたキャラとグルーヴでもカプコンのスタッフより既に強かったものなどが、そのままの形で自分が次に手を付けたキャラやグルーブの相手として使われていた。
まあ、その話はあまり広げると被害妄想とか糖質に思われるかもなので、次はロジックの話。
これでも大会優勝経験者なので、自分でそれを自慢したい思いはあるのですが「大会優勝者をとっ捕まえてやっつけた」という自慢をしたい人だってたくさんいて、それに恐れを成して「いやジャンケンみたいなゲームで運良く出した手が当たっただけですよ」という弁説を取っているのは、本当は結構考えてるんですけど、やっぱり競争ってのは休むと追い抜かれるもんだし、持論の補強ってわけでもないけど運もあるとは思います。
まあ、普通の人同士がジャンケンをすると勝ったり負けたりするもんで、そのさまを指して運であると言われると運とはなるほどそういうものかという納得感はあると思いますが、バーチャファイターのようなルールからしてジャンケン的な中段と投げとガードが三つ巴になっているゲームでも圧倒的な差がつく時があって、それらを3分の1が20回当たった3の20乗分の1の運である、というのはちょっと無理があるんですよね。
同じように、ストリートファイター系でも必ず波動拳かジャンプかガードのどれかを出すジャンケンというわけでなく、刻々と進むゲームのフレームに合わせて、キャラの動きやタイマーからいま自分がどんな状態にあるかを画面と音と事前研究による解析から判断して、相手に勝つためにはどんな手を取るか考えるその考えたり決め打ったりしているロジック自体を互いに読み合っているわけですが、俺が優勝した時には頑張った人を称えるためにワザと負けてもらった可能性を捨てきれず、中盤で負けそうになったから終盤でわざと大きなミスをしたふりをしてわざと負けたことに相手がしたかったのか、やっぱひとりひとりと懇懇と話さないと見えてこないものもあって。
そんな風に対戦ってひとりひとりのものだから、ネットで伝わるものって高難度のコンボや連続ブロッキングくらいに思えた時期もあって。
その中で、今の自分に出来ることで何か面白いことを、単にテレビが退屈なタイミングで起動するプレステ2のカプエス2を、もうちょっと切り口を変えて取り組もうと。そうしてきた時に、例えジャンケンであっても感情の赴くままに手の形を変える普通のジャンケンでなく、レバーとボタンで操作をする以上は「ココでコレ出せるか!?」という出し手を柔らかくするための操作の習熟は必要で、そこでそれを出す心や体の準備をいかに作っていくかというプロセスをロジカルに考えていくと、当時の自分はそれ相応に仕上がってたかというとどちらかと言うと操作より解析的なゲーム知識で差をつけたタイプなので、あんまりそれを全部晒すと操作の上手い人に対する優位が無くなって嫌だなってのもあったわけで。
そんな中で、ところで前転の無いブロッキング八神庵って相手に待たれたら闇払い打つ以外どうすんの?ブランカ本田ベガに待たれたら闇払いすら必殺技で抜けられてホンマどうすんの?と思っていたんですが、今日ひとり用やっているとナコルル2・キム・リョウ対八神庵という取り組みで、先鋒のナコルルにかなり減らされてキワキワで、コレ実は庵も待ってるブランカをどう崩すかばっかり考えてたけどブロッキング八神庵で全キャラオールサバイバルとか考えたらしたこと無くて、どこがメインで取ってみようとしてるんだと。
まだ取り組み的にどういう風にぶつかり合うかわからないカードがカプエス2には沢山あって、ネットで動画を見て研究したいと思っても昔の自分の延長にしか発展していないように見受けられるカードが多くて。自意識過剰と思われても仕方ないけどね。
ブロッキング草薙京だけで3タテしてしまいながら、庵とロレントが余ってる状態でこの人達も草薙バリにやりこんだら見え方変わってくるかもしれんなと、色々のキャラを取って見る方向でなく、ダメもとキャラでも掘り下げてみようかって・・・。
なんかこう、文章としてまとめ上げて伝えるほど仕上がっているわけではないのですが「ジャンケン的なゲームで優勝は運」ていう自説を取り下げて、掘り下げれるとこまで続けるってか、掘り下げ尽くしたつもりだったのがまだ土の柔らかいとこ見つけた的な快感に久しぶりに出会えたと言うか、そういうことです。