ひとりでやっているのに色々ネタを変えるの

格闘ゲームやカードゲーム以外に趣味はないのかと言うとギターを弾いて歌うことはあるんですが。あと仕事でプログラマーをしていたことがあって退職してから何かの足しにと思って自分でアプリを作ったりして、そして毎日ブログを綴っているんですが。
サラリーマンの雑記ブログであった前身の「つたんまにっき」は無駄な消費を世界に晒した結果、あれもこれも買ってポイするスタイルに貧しい人からの批判が殺到して、しかし誰にも見せない一人の世界での満足とネットに公開して得られる快感は後者のほうが大きく、仕方がないので消費を抑えて人並みの小遣いでやりくりしながらカプエス2やカルドセプトとゲームを決めてスキマ時間で作っていた時期もあるのですが、暇な子供とかが検索で見つけて、また来たらまた同じゲームのネタが書いてあって「こいつゲームこれしか持ってないんじゃね?」って、そうですよ俺も小学校の頃にファミコンランドでドラクエ3を1年くらいかけてまったりクリアしたオッサンを「あんなん1週間もあったら解けるやん!おっそいなぁ」とバカにしていたように、ウェブに巣を張る蜘蛛になるつもりが蟻の大群に食い殺されるがごとく匿名掲示板などで叩かれて陥落したのですよ。
まあ、昔からの友人に相談すると「黙ってコソコソやれ」がアドバイスだったのですが、ソニーが「子供たちはゲームをネットに上げたがっている」のを察知してPS4に動画アップ機能とか付いたよね。それでまあ、落ち着いたんじゃないのかな。ケータイにも動画を簡単にアップするアプリが出来たらしいし。
それでまあ、本題ですよ。「ひとりで暮らしているのにネタがコロコロ変わったら、この人何が好きでどうしたら仲良く成れるかとかサッパリ分からない」って遠縁のおばあちゃんから言われたんですよね。新聞とかは色々の人があちこち取材に行って方方のことを書いているから毎日ネタが変わるわけで、ひとりがひとところにいるのに毎日ネタが変わるのは意味不明だぞと。言い返したいのは「いやそれ叩かれたから」なんだけどさ。ネタを上げる以上は毎日何かが新しくないとダメみたいなんですよね。高品質で新規性があって、それはもしかしたらごく一部の人にしか出来ないことなのかなって、ようやく気づき始めているんですよ。
ギターの弾き語りもやるって言うけど、新曲ひとつ始めたら上手く弾けるようになるまで練習するので、ネットで「下手くそ」と叩く人がいても少ないで済んでいるのはリアルで部屋で小さな音で練習していても自分の部屋のそばの空き地でこぼれる音を聞きつけて「下手くそ!」とか怒鳴りつけられたりして、そしてその時には誰もいなくなるまでギターも歌もピタッと止めて。
よく「批判は誰でも出来る」という話を見かけるんですけど、それはモノを知らないから出来るんですよ。何でもズケズケと言える人が羨ましいって話、聞いたことないですか?「批判は誰でも出来る」って思っている人は人の気持ちに鈍感なんです。
まあ、遠縁のおばあちゃんの「ネタなんて色々と変えなくていいんじゃない?」というのも田舎暮らしでネットの批判を俺が怖がっていることが分からないから出る意見だと思うんですよね。そんなもん誰も見ないし見つかったら文句言われる話なんですよ。