茶碗の曲線

女子大生だろうか、茶髪の女子が喫茶店で数学の勉強をしていた。
となりの席が英語の勉強をしていて、それとの違いは遠くとも分かる。
ふた組の小カッコで書かれた問題をレポート用紙満面の分数にして、
おそらく自然対数(log natural)の底eの指数を計算しているのだろう。
せっかく喫茶店に入ったのにペンの音がせわしない。ゆっくりできん。

仲谷宇吉郎の「科学の方法」の最終章「茶碗の曲線」を連想する。
100均で電卓が売られている時代に何を対数で計算するのか。
オーケストラのCDが100円の時代に大学でピアノを弾く女子もいる。
望んでやっているなら幸福かもしれない。
何かの道中なら辛いだろう。
英語のほうの女子は勉強に退屈してケータイやiPodを触っている。
id:karmenも学生時代はどちらかというと英語女子のタイプだったな。
電卓は100均で売られているけれど関数電卓は1600円つく。
ネットブックは安くとも5万円からで、喫茶店でそんなものを出すと
「それがほしくて勉強しているんです」
などと、数学女子に怒られてしまいそうな予感がした。
はじめから余談のような話に電卓の話を付けたすのでお付き合いを。
電卓で割り算をすると答えが小数で返って来てきます。
少数にした時に桁が足りないと切り捨てられてしまいます。
それで計算機は6分の1も正しく計算できないという話がある。
これがプログラム組み込み式の計算機だと小数計算もできる。
親戚が集まっている時に男同士でそういう話題の話をしていると、
叔母さまがケーキを6等分する金型の話を持ち出してくる。
金型でケーキを6等分しても小数点以下7桁になると等分にならない。
そうは思っても口に出すと叔母さまからは象牙の塔に思われる。
叔母さまもDVDをレンタルして観る時にパソコンは使うらしい。
そのDVDに(あのような薄い板に)映画が入るのはどうしてか。
ケーキの6等分で話が終わっていたとしても他所で誰かが分数を、
小数で表しきれないギリギリの研究を続けている恩恵なのだろう。
しかし、そのことは叔母さまの生活からは遠ざけられている。
叔母さまの生活を安息のものにするのには必要ない話であった。

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