適量のゲームや漫画に生きる意味を見出す

「何故生きているのか」みたいな大問題は短く答えるのが難しい。

生命の起源をたどると解明されていない部分もあるが、宇宙が何故か出来て星ができて水が溜まって太陽で適度にあたたまって進化して生存競争をして、それから知性を獲得して生存よりも資源を管理しだして宗教が出来て戦争もあって、自然との戦いでなく完全に政治や宗教にだまされた世代の団塊を親に持つ子供が何故生まれたかを周囲の人間に問うても答えを知らないわけで。

もしかしたら、理科で習ったこの手の知識も先進国の研究者の発想でしかなく、想像の賜物かもしれない。しかし、充分に納得するに足りる物語ではある。

俺はその物語に辿り着いて落ち着いたが、高校の頃は勉強が嫌でよくサボった。数学や物理は楽しいが、実験のない座学での生物や歴史は何のために勉強するのかと疑問を持ち、受験のためだと納得して避けるように物理化学の理系選択をしていた。まあ、もっと言うと語学は得意だったので文系で文学とかをやろうとしていたが、親にどうやって食うんだと問われ、答えがないなら理系にいけと言われて理系に行ったんだ。

受験は活字が基本だから語学が活字だけで進むのは分かるけど、理科から実験を取り上げたらどうなるか。数学で片付く物理だけになってしまう。生物は写真や図説を中心にしていて、しかしテストでは固有名詞を答えることに終止する。当時から、本を読んで勉強するより魚の絵でも描いたほうが良いのではないかと憂いていた先生を知っている。しかし俺は語学とか数学ばかりだったので「もう東大でも行け!」と突き放された。学校の理事長は保護者人気のある東大合格者をどれくらい出しているかという指標を上げることに熱心だったが、そうではなくて自然科学を学んで農林水産のために働く道を良しとする先生も多く、その間で「東大に行け!」というのは良い意味ではなかった。

今でも森林に入って草木を見分けたり、網にかかる魚を選別したりは俺には出来ない仕事である。テレビゲームが好きで、プログラマーとして働いて札束を読み、食事は外食かスーパーで買うので自然の中での自活能力は多分無い。

そんな俺に毎週コンビニに届く漫画週刊誌は人間模様を知る数少ない手がかりになっている。何のために生きているのか、と問うならば、では漫画というものがこの世にあるが誰が何のために作っているのかと問い直してみたい。テレビゲームもテーブルゲームも然りである。

勉強しても答えの出ない問題はある。ではそれを究明すべく研究者になるために大学があるのかと言うと、そういうのは理系のほんの一部の人で、人間関係を覚えて自然と離れた社会の中で生きてゆくという道もまたあるのだ。オススメできる道とか立派な道とはちょっと違うかも知れない。

俺は以前は生きている意味が分からないという人によくアイスクリームを勧めた。ひんやりして、甘くて、栄養もあって、幸福感が得られる。その刹那的な意味を感じることで、人生とは無意味だがそういう幸福を積み重ねることで意味付けがなされるということを語った。

まだ読んでる?そろそろ眠くなってる?活字慣れしていないとたくさんの文字がしんどいと思う。俺はそれがヘッチャラになるまで本を読んだので、パソコンで活字をタイプして説明しようとしてしまうが、丁寧に図説してくれる人がいるので、だまされたと思って漫画週刊誌でも取り始めたら、また違ったものが見えてくるかもよ。

小学校の時はコロコロとジャンプだった。今年は41歳なんだけど、モーニングとヤンジャンを取ってみた。面白い週もあれば残念な週もある。テレビやアニメと価格で比較すると設備投資した以上はデジタルのほうがランニングコストが安いけど、そんな世の中でも漫画雑誌は続いていると思うと、ほんの少し安心するんだ。