今日のストリートファイターII(企業内の見える化ブームについて)

なんというかIT企業に於いてプログラムのソースコード守秘義務をもって管理されてるのって、画像や音声などのデータなら著作権管理できるけど、ソースコードの設計などは特許や著作権が及ばないから社外から隠して利益授受するのが本筋だよな。

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俺は今、思想の問題を抱えている。島原の乱で処刑された天草四郎は何だったのか。百姓一揆は成功すれば革命だが、失敗したら政府側のお侍が英雄となるのだろうか。否、死しても天草四郎は英雄である。誰と何を争っているのだろう。ただ街中で喧嘩を売られてそれを買う、暇だからゲーセンを渡り歩いて喧嘩を売りまくり、自分より強いやつを探す。それだけの時期も俺には確かにあった。目一杯ぶつかれるだけの場や相手があったわけでなく、友達になだめられながらひたすらコンピュータ相手に研究を繰り返したのではないか。

それも、OSの乗ったマシンで創作をしたのでなく既に作られたゲーム相手の研究つまり解析である。そして解析結果に基づいてデジタルの入力の訓練なんかもした。そこはスポ根的に。

コンピュータの古い本にもドラゴンブックというのがあるが、多くのプログラマにとって今プログラマとして何かの作戦に参加させられて入るものの、誰が何のために指揮をとって自分たちは何をさせられているかすら分からないという人がひとりづつコンパイラとは何であるかに問の答えを見出して、ドラゴンブックに辿り着く。

しかしドラゴンブックにはコンパイラソースコードが乗っているわけでなく設計思想についての著述がなされているだけで、それを読んだとて真相が分かるわけではない。上手いトリックだと思う。そうして俺は計算機理論に辿り着いたわけだが。大体の人はそうすればお金がもらえるからプログラマになっていて、お金とは何であるかとか社会では何に対してお金が払われているかみたいな経済の問題も読み解かないと雇われプログラマから脱することは出来ない。

あんまり掘り下げるともう、底の方にあるのは恨み言のようなものになる。俺が掲示板で叩かれたりしたのも思想まで掘り下げての問題でなく、ゲーセンで見かけた時の所作がムカついたとか、その程度のことなんだろうと今では思うんだ。

ただ、現状のネットのニュースや動画メディアは既存のマスコミ媒体のブレーンでも手を焼く結果となり、確かにみんなそれに腹を立てていたけど、ただ頭がすげ変わっただけで市民が何を信じてよいかは未だに解決していない。独裁者や宗教家などの為政者は悪政については戦犯扱いだが、真の自由に耐えうるだけの思想を個人で持つことは難しく、多くの人は身を委ねる神を必要としている。俺は神には成れなかったが、自分を神だと思って生きてきた。

ただ神でも生活費はいるので企業に雇われてプログラマになることはあるのだが、雇用者がプログラムが分からずコードを読む代わりに彼らに分かりやすい図説などを求める時にそんなこともわからない人が上官と見做されている企業で働いて自分の未来はあるのか、と考えるとことプログラミングに関してはゲーム産業のほうが信用できた。

ゲームなんてと思うかもだが、一般企業も売上をテレビCMなどのエンタメに頼り、実用よりも娯楽性を持った商品を企画開発している以上、ぶっちゃけみんなゲームで遊べば良くないかと短絡的に考えてしまったこともある。まだ、社会はそうなる途中である。過渡期と呼んでいいかは分からないが、たぶん後々の世の中には別の騙し方でもっと上手くやる奴らが現れるだろうと俺は考えている。

 

今日の仕事は攻撃判定と喰らい判定を見える化するチェックボックスをひとつにまとめた。ゲームプログラムとしては座標と幅と高さで判定を持っているので、画面座標にそれを写像して当たり判定を見える化するというのは見えるはずのものを隠して見えるようにしているというよりは、見た目的に納得の行く画面をわざわざ作り足しているわけである。まあ、そこまでの苦労はないのだが。その仕事が落ち着くと、もっとストIIの細かい仕様でまだ理解が足りていない部分があり、掘り下げる必要も感じ始めているが、その掘り下げの深さこそが大多数の人間から不要に思われている要素であり、ストIIストZEROになったりストIIIとかストIVとかストVになっても大多数の人からは画面以外に興味関心は持たれず、ただのストIIマニアとしてそこで俺は俺のアイデンティティに気付くのであった。


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