昨晩はよく眠れた

腕に湿疹が出ていて薬疹とか酒で肝臓が悪いのかと思ったが我慢できずストロング缶チューハイを飲んで寝た。起きてみると湿疹はほぼ引いていて、思い過ごしだったようだ。疲れか。

酔った状態でPS2を起動して何度もヴァンパイアハンターをした。クリアできず負ける。酒のせいなのか、スコアを狙ってトドメをEX必殺技にしようとパタンを模索して負けているのだが、負けは負けなので平常時ならパタンを模索しても自分の体力が危険になるとフォローして勝てるものが、その判断ができず気づいたら負ける感じ。

俺は地元でつるんでいたワルのなかでいちばん最後までしつこく格闘ゲームにこだわっていた。そうして、地元では相手がおらず大阪までゲームの対戦ために出ていたし、その資金はバイト時代の貯金で専門学校に行き、就職して給料から出していた。ひとりゲーセンでスーツだった。「なんでサラリーマンがゲームなんかしやんなあかんねん?」「趣味だから」「こんなもんプレステも買ってんやったら家でなんぼでも出来るやん」「対戦のほうが面白い、大会優勝もしたい」「ちゃうねんって俺ら負けたってるだけやねん」「何やと!それやったら俺が勝ったるから本気で来てみろや!」「言ったな!」

俺は地元の連中には勝って当たり前、何十連勝とする。しかし大阪まで行かずとも隣町のターミナル駅西大寺近辺の違法深夜営業のゲーセン「キャノンショット」の常連は強い人もいる。

お前らに勝ってやると言ったのに、地元の連中は自分たちではせず西大寺の連中に頼んでそれと俺を戦わせることで負かそうとしてきた。それでも俺は勝って、西大寺の連中も嫌そうだった。

だが、それである日酒を飲んでグデングデンになっているところに電話がかかってきて「なあ、いまそばまで来てんねん。遊びに行かんか?」と旧友の吉井から誘われて、車でドライブかと思いきや、西大寺のキャノンショットに連れて行かれ、台の周りに人垣ができていて格闘ゲームの対戦を申し込まれた。泥酔状態だが試合運びはだいたい覚えている。カプエス2で相手がブロッキング草薙京キャミィサガットで俺がCサガットキャミィ・ガイルだ。

千円札を両替してゲームは1回50円。最初はフラフラしながら台に座り、15連敗した。しかし16試合目で俺が勝ち、台を囲んでいた他の連中が便乗して入ってきたら、先鋒3タテで下し続ける。ゲーム中の先鋒中堅の意味でなく、台を囲んで入ってくる人間の先鋒つまり草薙京キャミィサガットのおかっぺは俺が中学の頃にチャリンコで遊びに来ていた子供で、もともと地元のゲーセンの遊びグループとはチョット違うのだが、いつの間にか敵陣に囲まれ、最初の俺の対戦相手となっていた。そのおかっぺは俺が彼を倒した後に台のこちら側に来て「めちゃめちゃ酔ってますやん」「ちょっとお金渡すから外の自販機で水買ってきて。ジュースじゃなくて水な」

それから俺が台を守って周りの人間は誰も対戦に入ってこなくなった。台の反対側はザワザワしている。「このゲーム絶対Pが最強やって」「いやAやKのが強い」「じゃあ何でお前CやねんK使えや」「いまCグルどんなんかやってんねん!」「いつから口答えするようになってん」「口答えするなって、辻さんアンタ一体俺の何なんすか?」「ケッ!」そう言って年長の辻さんが帰ると周りもゾロゾロ帰り始めた。

無益な争いだと思う。15連敗は忘れられない記憶になっている。特にその頃には俺は既にカプエス2よりもバーチャ4で勝率ベースの考え方にシフトしていたので、最後に勝ったら勝ちとか、負けた分を勝ちで取り返すというのではなく15連敗は痛すぎるなと思っていた。そのあと15連勝させてもらえるわけでなく皆が帰ったからだ。

反対にバーチャ4以前は負けに感動していたこともある。平井モリガンと初めてやった時とか、地元では相手がおらずその俺に互角以上だった今村くんとなんばのゲーセンで平井モリガンに40連敗くらいした。ひとりでは10連敗くらいなのだが、強い敵と出会ったドラゴンボールの世界観だった。もっと修行してああなりたい、みたいな。まあ今にして思うと強いやつが強いキャラ取ってるだけなのかもだが。

対してキャノンの15連敗はまずチャリガキだったおかっぺが成長してついに負かされたこと、そのおかっぺにとっても多分大事な試合への運びが旧友から裏切られる格好で泥酔しているところをゲーセンに連れて行かれ、それと知らずおかっぺが勝って喜んでいたら台の向こうで俺が赤い顔をしていて、おかっぺの下剋上には仕組まれた罠があり、ガッカリさせてしまったこと、吉井くんが裏切ったことも残念だし、俺とおかっぺの対戦を酒の罠でつぶしてしまうほど格闘ゲームをどうでもいいと思っていることに対する残念さみたいな感情が渦巻く。

その頃から、街を歩いていたらやたら外国人の宗教勧誘がよってきて「またか、うるさいな」と思って避けようとすると電子辞書や聖書を手に持って「なぜキリストは殺されましたか!?」と執拗に俺に尋ねてくる。「ビトライアル?」「そうです!」

俺に自覚がなくても、周囲の人間は外国人まで含めて、完全に俺の置かれた状況が分かっていた。そのわり、ネットでブログ書いてもオンラインで活字だけでは俺の言ってることが分からないと言うか、そんなに有名になったわけではないよな、とも思う。

まあ、格闘ゲームよりは命のほうが大事なのかも知れない。俺が格闘ゲームに夢中になっている時にプロレスラーの三沢さんがリング上で亡くなったというニュースは入ってきた。命の価値、生きる意味は行きている間に夢中になれるようなことに出会えたかという価値観があるが、その価値観の上に立っても命無しでな夢中になりようがないので夢中になりすぎて死ぬというのは逆説的だが生きた意味として周囲からは認知されても本人の意味にはならない。

ほどほどに。ゲーセンで負けた時悔しいと100円でリベンジできるので、バイトで稼いだカネでも会社でもらった給料でも、俺は下地に親の出してくれるメシがあるので小遣いメチャメチャ持ってる子供と同じようなもので際限なくコンティニュー出来た。だが、家でプレステで1時間ゲームをする電気代は約5円らしい。その金銭感覚を持ち、俺の住む大和郡山と違い名古屋はインベーダーの名古屋打ちという名前があるくらい、街がゲームを応援しているというような地理的な違いもある。名物のない所が町おこしの意味も含めてやっている祭りの大きさの違いみたいなところが分かると、まあ数で負けてももっと内容にフォーカスして吟味していけばひとりのゲームでも遊べるもんだ。

祭りの大きさで競うなら、もっと下地から地域に根ざしたものを積み立てる必要があるし、そう考えてみると地域のグループより外に向かって攻めて行って地元では仲間割れをしているというような政治手腕で愚連隊ひとつまとまらないようでは祭りに勝てるはずもなく。

もともと、ゲーセンというのは地域のものではなく来客をもてなすためのものだから、ゲーセン通いで常連同士で愚連隊を作るというのは特殊なんだよな。そして群れているだけで思想はない。そこにゲームで勝つというお題目が上がったせいで、勝敗で雌雄を決することが互いの自尊心を傷つけ合い、決裂に至った。

そういう意味で、最近もういちど高校野球で地元の高校を応援するという基本から、奈良代表に郡山高校ではなく天理高校智弁高校が選出されているということも念頭に置かねばならないかなと。敵を知り、己を知るという段階で自分の得意技すら見誤っているようではな。

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