まあ簡単に言って専門卒有資格実務経験20年のコンピュータの専門家なわけです。
会社員なり公務員なりで20年食いつなぎ、自作ソフトのダウンロード販売に乗り出し、2万本出たと公言しておりますがDL無料で2万本DLされただけで課金に至ったケースは雀の涙。公正取引員会を通した左寄りのケンカに持ち込み、最新作の発表が差し止められております。ケンカするんじゃなかったかとも思うけど元々もらえてないし。
んで趣味で始めた音楽の商業化も企てたけどマックで作った楽曲の配信が登録手数料の4000円の食い逃げをされてちょっと配信が伸びている無料視聴分がメールで届くだけで、これも儲け無しのうえ肝心かなめの配信サイト様も競争に負けて閉鎖二件。今残っているサービスは国内ではなく世界市場だけど、ホントにトッププロと同じ土俵で自作曲では箸にも棒にもかからんだろうなという感じで、唯一、ニコニコ動画の弾き語り配信でカップラーメンくらいは食えるかなという感じ。
そんですることなくてテレビを見ているとサンドイッチの自作をパン酵母からする料理対決やってて、酵母って瓶にフルーツと水入れて25度で5日ほど置いておくとできるのねーということを今更に知り、そうするとパンっておにぎりより栄養価低いけど原価率は高いんじゃねと思ってみると大体粗利で5割で営業利益率1~2割で他のパン屋との競争もある大変厳しい業界であることなどを情報収集。おいしいから売れる商品。
俺はある時にパンを買うのに町のパン屋さんとヤマザキパンのような工場パンを比較して、食パンでも菓子パンでも流通費用とか大量生産の関係でヤマザキパンの方が値段当たりのパンや具の量でコスパ良いはずだと徹底的にヤマザキパンって時があったんだけど、そうして考えると自炊のが上回るし、しかもそこまでやっても収入は幾らかあるわけで、町のパン屋さんや飲食店に困った顔をされて増える貯金はちょっとだけ、というところから、折衝を考え出すんだけど、山崎製パンは株式会社なので流通や大量生産で利益が上がってもそれは公共益ではなく経営者や株主の利益になるのよな。
まあ、コンピュータで計算と言っても小中学生でも分かる「コスパ」で攻め立てて、株と言っても投資というより投機的なFIREを目指したところから、どうにかこうにかメシが食えていると、ああ普通に長期投資でも良かったかなって思うんだけど、証券会社に預けっぱなしでもう出てこないお金が増えることより、預金おろして町のために使おうってなっても、日用品と食料品以外買うものが無く、稼ぎ方と買い方がひっくり返ってゲームソフトとか音楽CDとかが若かりし俺の贅沢だったのよな。
まあ転職以前にいま十分時間あるんだし、勉強もやり直せるはず。音楽とか好きなことも没頭できたし。けどセミリタイヤと言ってこのまま何もしないで年食って死ぬ前に、コンピュータ以外でも何かしたいなと思っていて、けど大事なお金の範疇で崩して失敗しても余分があるかというと、そこは結構に切実なところがあって守りに入りがち。どうしてもそうなるとしぼむよね。
もうひとがんばり、ITで軍資金を増やせないかとか、転職ではなく強みを活かした仕事は出来ないかなと考えると、この手慰みのブログでも趣味と実益は兼ねております。そう、このブログだって広告収入が入った時には事業に出来ないかと夢見てたからね。その意味ではリスクを取らない商売ばかり考えているから当たり利益を見込めない小規模なことしか出来てなくて、戦略策定からまだまだなのだろうとは思います。
借金して、返るまでは頼まれごとしてたら毎日仕事はあるってサイクルから抜けて、自由人と呼んで良いのか微妙な時はあったけど、お金の自由には限りもあるのよね。街ブラして食い歩きして遊んだりは出来ないけど、家でテレビ見てネットして本読んでゲームしてなら何とか回っているって感じです。けどこのお金を使わない範囲での家の中での自由ってやつで抱えている閉塞感とか孤独感はそれはそれですごいもので。
まあ今日の午前は昨日の深夜に遊んだドラクエ7のマリベルの鬱展開でやられ切ったメンタルを回復するのに使いました。あれな、今聞くと物語の文字から来るものもそうだけど、映像の色使いとか音楽の鬱々しさも相当なものよ。俺がPS2で遊んでたの最初はVF4でスカッと爽快だったけど、DQ7とかカプエス2のエンディングとか、音楽業界からのストライキとでもいうか、ゲームに幸せな曲をかけてたまるかみたいな音楽の鬱々しい時代があったと思うのよね。まあ市販作品完全網羅とかではなく、俺が買いそうな続編ものに狙って入れたんじゃないかってお客さんは無数にいるから被害妄想かもだけど、もしそれが俺宛ではなく購買者全員への嫌がらせくらいまで広がっていたのではと思うと、そりゃまあ大変なことだったわけです。
そう考えると音楽は音質も関係あるけど、ファミコンくらいの音質でも良い楽曲は幸せって言うね。そういう風にゲームを総評として面白いかどうかではなく分解して見るときに、音楽評をある程度正しく聴けるようになったのは変化だと思う。
今は音楽よりも生活音とか無音の方が心が休まるかなぁ、という感じです。当然そんな人間の音楽活動に身など入りようもなく。転職も別の人生への現実逃避よな。
