前にも描いた被写体の話


写真はモンスターハンターイラストレーションズ2


公園の写真が美しいのは自然が美しいからでなく公園を絵的に美しくしている庭師の方が居るという話で、まあイラスト集をカメラで撮ってブログの写真にするのは忍びない。だからといって見苦しいものを見せるほうが良いかと言うと、そうでもないので共同作業と捉えてもらったらいいのではないか。


長らくコンピュータープログラムの本質はアセンブラにあると信じてきたけれども、数学の本質は論理にあり物理の本質は実物にあるので幾何と実数を押えたプログラムならどのような実装であれ本質的なのではないかと考えるようになった。タバコをひと箱吸いながら。かつてプログラムの実体は回路であったろうし、回路のことをアセンブラとも呼ぶので機械語プログラムも名残で名前がアセンブラと呼ばれているのだろうけど、たとばエクセルのマクロでDVDが見れるとして、それが冗長で回りくどいプログラムでも映像が届けば本質は得られるのではないのかなと。簡単に言うと画面に出た絵が本質。音も本質。その結果を得るための手段としての回路。


歴史的に数字に意味があるとされて画像などは虚飾と考えられていた時期ってのもあったんだろうと思うし、その刷り込みでコンピュータの本質は計算にあると思っていたけれども、計算というのは過程なので、過程に重きを置くか結果に重きを置くかという所が論点になり、過程主義から結果主義に感覚が変わってきたんだろうとは思う。


過程を独りの人間が全てコントロール出来るという状態は征服感があって楽しいので、ホビープログラマーというのも居る。しかしまあ、純粋数学と物理の乖離と同じように純粋な音楽と女の子と歌うカラオケがかけ離れるように、その結果どうしたいのかで音楽もそれ自体が目的化する場合と手段になる場合があり、どちらかだけが正義というのもでもない。