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やがて強くなる

腹筋腕立て20回1セットからの焼きそばUFO、ソーセージ1本、納豆1パック。しかしタバコを吸って珈琲を飲んでしまう。なんか健康になりたいのか不健康になりたいのか分からんが、出来る範囲で健康を目指す。


俺はブログを毎日綴る中でドラクエのようなゲームで戦いを繰り返しキャラが強くなってもゲームの腕が上がったわけでなく、キャラを育てるゲームはやがて虚しくなるという旨の表現をしてきた。


それは読書でも冒険譚を読むことで道具の使い方の疑似体験をする事と同様、ドラクエでも遠くへ旅立つには先ず宿屋に泊まり道具の調達をして出てくる怪物との戦闘も数をこなしても大丈夫と言う予算をするという、小学生でも出来る計算ではあるけれど、コロッケ屋のお釣りの勘定でもウチの近所の駅前のコロッケ屋のおばあちゃんがお釣り勘定のマスターでその手際の良さや勘定の早さで人気があったように、ドラクエでも何もしないでゴロゴロしてるよりはずっと良いかも知れないという見解に辿り着きそうである。


そしてモンスターを繰り返し倒す事で成長してより強いモンスターに勝てるようになると言うのは単純ではあるが子供の将来の展望として、何も変わらない日常に成長の夢を持つ事で退屈な訓練に打ち込めるという作用もあるのではないかと考えるようになった。「そんなもんドラクエからわざわざ習わんでも小学校の勉強で充分じゃい」と思ったらそれまで。


なんで、こんなこと書くかというと、俺の思想の根幹には子供の頃遊んだドラクエの体験があって「雨粒岩を穿つ」とか「石の上にも三年」とか、下手なギターでも1日10分を3年やってみようとか、ストリートファイターII昇竜拳を毎日練習しようとか、貯金をしようとか、ブログを続けている事も「続けていればレベルが上がる」という体験に基づく期待があるからなんだよね。


まあゲームだと「スライムの経験値が4ポイントで次のレベルまで30ポイントだから8匹倒せば良い」みたいな分かりやすさとか、メタルスライムみたいに珍しく倒しにくいが一攫千金になるというような楽しみを伴っているので継続できるんだけど、ギターで分かるように三年やっても伸びないものは伸びないんだよね。やらないよりは良くなってるかも知らんけど、ドラクエの世界って丸三日もあれば旅立ちから魔王を倒して姫をお城に連れ帰るんだけど(正確には姫を連れ帰ってから魔王を倒すんだけど)なかなかこう、一生をレベル99として俺のレベル36がこんなに弱いはずが無いって思うときはあるよね。