ゲームを趣味にする


ゴルフに登山に釣りに写真と多趣味なある金持ちの老人が「趣味を持つことは大切だがテレビゲームだけは準備も無く一定の達成感を得ることが出来るので人生の足しにならない、やってはいけないことのひとつ」という言葉を残して絵、それを偶然読んだゲームプログラマーの1人が「くそう!これは論破出来ない」とこぼしていたのですが、今から論破します。


まず、俺にはストリートファイターをずっと遊び続けている変わった友達がたくさんいます。彼らの中ではフレームという言葉が常識ですが、フレームとは何かと言うとブラウン管モニタでゲームがアニメのように動くのは映像を映し続ける走査線が画面を一巡する度に絵が変わって、ゲームのプログラムはこのモニタの走査線の周回周期であるフレームごとにコントローラの入力を受け付けて絵を変えるプログラムで動いているからです。そこまで知らなくても、ゲームがフレームと言う単位で動いていて、自分のキャラでボタンを押すと何フレームで技が出て、相手の技は何フレームだから同時に押せばどちらが先に出て勝つかというようなことを体でも覚えつつフレーム本と言う詳細な解析本を読んで勉強しています。


このフレームと言う概念が当たり前に語られるのは電波新聞社と言うパソコン雑誌のメーカーがゲーセンのゲームの攻略本にオールアバウトと言うシリーズで進出して来たからなのですが、ストリートファイターはそこまで人気があって、工業系の大学ででゲーム基盤を買ってゲームの映像をビデオに撮り、コマ送りで解析する中で静止映像の上半分では当たっていて、下半分ではまだ当たっていないというような現象に辿り着き、それでもまだもっとゲームを知りたいと願う人のためにコンピュータジャーナルが動いたという経緯があります。「そんなものが売れるなんて」という感覚だったでしょう。


だから、ストリートファイターを普通に最後のボスを倒すくらいまで遊ぶのを趣味ではなく娯楽だと言う人がいるなら、そこまでは正論としても、勝負を突き詰めるためにストリートファイターでなくレースゲームでも自分のベストタイムを記録してその走りをひとコマずつ分析してラインを研究するような人も中には居るのです。それらの人はゲームが趣味と言うよりも、ゲームを突き詰めて趣味のレベルまで掘り下げたんだと言えるでしょう。


つまり、釣竿レンタルの釣り堀で釣りをするのは趣味ではなく娯楽でも餌作りまで自分でやりだすと趣味として深いようにゲームでも買って普通に遊ぶ域を超えてコンピュータや機械に対する理解を深めようとする中で、趣味の領域に踏み込んで行くと言う意味で、掘り下げたらそれに答えるだけの深さがコンピュータゲームにはあると言えるのではないでしょうか。自分でゲームを作るとさらにそれが良く分かると言えます。