「こんなもん絵がピッピッピと動いとるだけやろ」というオバチャン

ボックらが生まれてくるずっとずっと前にはもう!

アッポロじゅういち号は月に行ってたと言うのに!

俺がゲームプログラマーになりたいと思ったのは6歳くらいだった。

テレビゲームが市民権を得て来たと言ってもまだまだ若い人の間。

というか、反対に排斥しようとするのはテレビゲームを知らない人ではなく、スペースインベーダーの流行でゲーム喫茶をしていたようなおばあちゃん達なのだ。

そういうものだと思っている。落ち着いた静かな喫茶店でレコードを聴いていたものがインベーダーの大ブームでひがないちにちピコピコパキュンパキュンと店の中で鳴り響いて、うるさいもの、せわしないものだから年を行ってまであんなものを商売道具にしたくないと思っているのだ。その時代にはそれでいっぱい儲けたくせにである。

そういう人にX68000グラディウスを見せるだけでも、その進化に驚くわけであるけど、ゲーム喫茶からゲームセンターに鞍替えしたオバチャン達もまた、グラディウスには懲り懲りなのである。夢中で遊んだ人はみな、100円でまる1日くらい遊んでしまう。グラディウスでは音楽も良くなって宇宙的で未来的なサウンドなのであるが、喫茶店をしているようなお金持ちの落ち着きたいオバチャンが丸1日聴かされて心地の良いものでもない。

それに対して、家庭用で人気が出たのはドラクエである。ピコピコ音の名残はあるとは言え、その礎となっているのはクラシック音楽であり、これは丸1日でもまだ聴ける。うちの母親は嫌いになったようだが。

そんなうちの母親でも、俺がバイトしてドリームキャストを買った頃には「お母さんが半分出してあげるから祥ちゃん(弟)にも遊ばせてあげて」と言って、実質俺が半分出したが弟のものになってソニックアドベンチャーの映像と音楽なら、丸1日となりで見ていても飽きなかったようである。「お兄ちゃん良いの買ってくれたね」と褒められた。

日本ではファミコンが1000万台ほど普及したが、任天堂のゲーム機で世界に売れているのはDSかWiiである。世界に認められても国内ではゲーム機と聞くとファミコンのイメージが強く、売り足が伸びない。

最新のゲーム機を見てもらえたら、国内でのご婦人方の評価も変わるのになと思う。