ポケモンカードを始めることにした

今日はポケモンカードvスタートデッキの発売日。

発売日は事前情報で知っていて、取扱店をネットで探し行ってみるとことごとく「もう取扱してないんですよねー」と。人気無いのか?ネットで買おうとすると定価に送料を上乗せした値段で売られていたりして、特に有名なアマゾン、楽天、価格ドットコムなどでは納得の行く値段で売られているものが見つからない。古くからの事情通の友人に電話して、何とか定価で手に出来た。

ポケモンカードをしたことが無いわけではない。MTGの大会で海外遠征した大橋くんから英語版のPOKEMONをお土産にもらい、ロケット団ゴーストとジュゴンが入ったとても強いデッキをもらったのだが、なにせ当時は20歳。同級生とかを当たっても相手してくれる人など居なかった。弟に全部あげた。それから10年経って弟の東京への荷物からあぶれて家にあるカードの箱を見てみると、トレードでとてもつまらないカードに交換して、全て取られてしまったのだろうと推測した。

MTGを10年ひとりで研究して分かったことだが、ひとりで煮詰めると時間はかかる。だからといって安易にゲームを人から教わろうとすると授業料はクソ高い。麻雀が好例である。やくざ者はそれを日銭に食っているわけで、正しいことなど滅多に教えてはくれないものだ。

おもちゃというのは寂しい時にひとりで遊ぶと想像上ではあるが友達のようなもので、ゲームの勝敗でどちらが勝ったどんなカードが強いキャラが強いとか、そういうことでなく、家でひとりで眺めて寂しさを癒やしてくれるものこそが至上のおもちゃであり、そういうところで自分の寂しさと向き合って、その寂しさが他人の甘い言葉でなく自分の好きなもので癒やされる時にそのおもちゃに価値はある。

いっそポケモンカードも今からでもひとりででも始めてみようと思ったのだ。ポケモンが発売された時に任天堂の新作として期待していたが、誰にも相手にされずひとりで遊んだ。その後アニメ化などでマネタイズされて大ヒットゲームになるのだが、もともと売れないゲームクリエイターの作った虫取り遊びと簡単なRPGを組み合わせたありふれたゲームだった。

ポケモンが流行った時に俺は先からやっていたのにと意地を張って、寂しい思いをした。最初にポケモンをやろうと誘ったのに乗ってくれなかった相手がクルマのキーホルダーにピカピカ点滅するピカチュウのおもちゃを吊っていて取られたような寂しい気持ちになったのだ。

売れるとか流行るというのは商売としては結構なことだろうが、ひとり遊びを好む人間からは煩わしいときもある。昔からいつも同じ色の服を来ている女性が「自分の好きな色が流行色にされると翌年には流行遅れに思われるのが嫌だ」という話をしていた。それから、その人は流行遅れになる歳に今年の流行色を知ってオシャレになって結婚した。久しぶりに会うと地味な色を来ていた。テレビで流行りのドラマの脇役とちょうどよく似た服だった。

ポケモンカードは流行を過ぎ、取扱店舗も減ったが既に流行を超えた普遍性を持っている。そういえばトレカの相手は大橋くん以外に居なかったが、MTG関係の先輩と飲んだ時にゲームボーイカラーポケモンカードGBはよく遊んだという話になって、先輩もさらに上のヲタ先輩とふたりで全カード集めるくらいまで遊んだよという話をした。

自分の世界が流行に選ばれることでグチャグチャに踏み荒らされるのは辛いが、流行というのは上手く乗っかると見ず知らずの人がたくさんいる広い世界で新しい人との接点が生まれる確率が飛躍的に高くなる。若い時は特定のロックバンドが好きでも、年を食うとその次代のヒットチャートのナンバーワンが世代を彩る共有物になったりするものだ。

若い内から既にそうだった、という人は恐らく幸福なのだろう。俺もいつまでもすねていないで新しいものと呼んでいいのか、新版のポケモンカードを部屋にずっと置きたい。