普通の天才

nostalgia

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ニコニコ超軽音部でギターを弾いていた加茂フミヨシさん。
加茂さんは19歳からギターを初めてプロになったそうです。
ピアノでもギターでも若き天才みたいのはいつも時代もいます。
どちらかというと親の影響を離れる歳から始めて上手な人のほうが憧れる。
子供の時はもっと遊びたいとも思いますから。
加茂さんはギターも上手ですが東京理科大卒で数学塾講師だとか。
いるところにはいるんだなと思わずにはいられません。
プログラムの師匠やねうらお先生のホームページを初めて見たとき、
ホームページでプログラムの講義をして将棋5段でピアノがチェルニー
どれかひとつで良いから自分にも欲しいなんて思ってしまいます。
ところが、どれかひとつでも何て思って指をくわえている人と、
なんでもかんでも取りかかってみる人と言うのはどんどん差が出ます。
おそらく、多彩な才能の持ち主と言うのはテレビをあまり見ていない。
テレビを日常的に見ていると時間がどんどん奪われるので無能になります。
テレビを消すと1日に何時間も勉強や練習に時間を当てることが出来ます。
劣等感みたいなもので悩んでる人はテレビ消して修行したほうがいい。
テレビゲームも同じで商品としてコンピュータを負け役にしている。
それでゲームが好きだとコンピュータに負けてもらうのに慣れていて、
どこかコンピュータをなめてかかっているひとが多いように受けます。
たとえばデータベースのようなコンピュータの得意分野は人で敵わない。
電卓でそろばんと戦うようなテレビ番組はたいてい構図が決まって、
打ち込みの遅い芸能人と足し算や掛け算で暗算と戦います。
遅いのは指からのインプットで計算速度は全く負けていない。
ちょっと話が逸れましたか。
コンピュータもテレビのバイアスで弱く印象づけられている。
優れた人はコンピュータとの付き合い方も上手な人が多い。
そしてテレビばかり見ていると超人的に見える人も、
テレビを消して日々鍛錬するようになると案外普通の才能です。
加茂フミヨシさんや、やねうらおさんは普通の天才だと思うのです。
仲間でよってたかって競争すると、そういうやつは出てくるレベル。
どの街にも、どの学校にも、何人かいるレベルだと思うのです。
誰でもは成れないかもしれない。
けれど、誰でも近くにそう言う人はいるかもしれない。
世界中の人を知っているわけではないので、これは推定です。
この推定は結構に的が定まってるんじゃないかな。