誰が何を言ったか

「誰が言ったか」より「何を言ったか」という論
「何を言ったか」より「誰が言ったか」という論


どっちが先か良く知らないのですが、大学でディベートを習うとき、権威主義的に「誰が言ったか」になびいてしまわず「何を言ったか」に着目して意見の意味を汲み取りましょうというのが元々の主旨だと思うんです。


でもそれはディベートの場がそこそこの知識人で埋まっており、論外の意見を言う人が居ない中で、助手のほうが教授より正しい事を言うかも知れないという暗黙の範疇があるのではないかと思うんですよね。


ツイッターで面白いことを言う人がいてファボられたら、まさに誰が言ったかより何を言ったかだなと思いますよ。140字ですごく楽しい発言もあるもんだなと感心します。


しかしまあ、「誰が言ったか」より「何を言ったか」だ、という意見が出るのは世の中「何を言ったか」より「誰が言ったか」が通例だからですよ。論議の場というのは「何を言ったか」ですよ、という仕切りの話しなんです。つまり、誰が言ったかより何を言ったかだというのは無礼講のような特殊な場所なんだと言う事を覚えておきなさいよという意味なんですよ。


だからまあ、ネットでは誰が言ったかより何を言ったかだ、としてしまうのは、ネットって言っても2ちゃんねるから政治家のブログまで広くネットで括れますから「ウンコ漏らした」みたいな発言は幼稚園がiPadでツイートすると「賢い幼稚園児だな」と思われるかもしれませんが、政治家の先生が「ウンコ漏らした」というとワイドショーに出てもおかしくないですよね。


まあ、正論で括ると「誰が何を言ったか」二者一体となって評価されるのが常識的ですよ。ディベートという特殊な場では「何を言ったか」のみに焦点を絞るべきかもしれませんが、世の中広く一般的には「誰が言ったか」は重要であり、特に政治家と言うのは民衆が口々に意見を言い合わないように代表者として投票で選出された特殊な人であり、その発言は注目を集めるものだし、個人の意見ではなく団体を代表しての意見を言うスポークスマンであるという認識を語るほうも聞くほうも持つのが普通です。

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