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今日の説教


江戸時代から近世までの日本の発展には優秀な人材が必要不可欠で、優秀な人を育てるために教育を広く行って来た人がいる。百科事典のようなものを作ると皆勝手に読んで勉強するかと言うと、すぐに読むのをやめて勝手なことをする子供もいるものだから教育者は飴と鞭を使い分けて子供に勉強を強いる。


だから俺は今までブログに書いて記録さえ残して置けば後々に何か有用になると漠然とした考えを持って日々徒然に書いてきたものだけれども、それは吉田兼好の時代に既に成されて終わったことであり、近代を近代足らしめている機械技術により関心を持って生活する必要があるだろうと思うに至った。


テレビを見ているのに電波のことも知らないとか、クルマに乗っていてもエンジンのことを知らないとか、そういうことは本人の不勉強だと思わない。学校でまず習うことは読み書き算盤で、技術的に尖っているものはみな企業秘密で特許が取られているものだし、そういう企業に入るための関門として受験が重んじられている。試験をさせてふるいに掛けて残ったものだけに秘密を教えるからだ。


その全ては富の独占のために世の中に広く敷かれているものだ。


俺が子供の頃から通うオモチャ屋のおばちゃんは主婦の友社の「家庭の医学」を熟読して医者にはあまりかからない。子供の頃に擦り傷に自分でクスリを塗っていると「生療治は怪我のもと」お医者さんに行きなさいと親に言われたもので、オモチャ屋のおばちゃんは危ない人だと子供の頃は思っていた。医者しか医療をしては行けないと言うのは医師が業務独占資格を認められているからだ。もし手先が器用で傷を縫えても医師免許が無い人がメスを使ったら傷害罪になるし、医師とて子供の頃は大学に行くために受験勉強をしているわけだから大学生で初めてメスを持って不器用かもしれない。


それは世の中にそういうルールが既に敷かれているということであり、おばちゃんが悪いとも医者が悪いとも俺は決めていない。もちろん、悪いという尺度ではからずにおばちゃんは素人ながらに医療の勉強はしたけど法律の勉強や学校の勉強はしなかったわけで、お医者さんは受験をして医学部で学んで国家試験に合格したのだ。ついで言うと俺も情報処理技術者試験に合格しているが、俺の住む町ではパソコンというとCDのコピーやチラシ作りをする人がパソコンの上手な人であって、内部構造に詳しい情報処理技術者はいらない人である。


そうすると近代化のための学問と業務独占資格のような利権が両方あるのは法律とて独りの人間の思想で持ってして作られたものでなく、GHQの原案から歴史を通じて継ぎ足して膨れて来たものであるから、立法に現存法との矛盾が無いとも言い切れないし、社会のためか政治家の私腹のためか様々な思惑が入り乱れているものだろう。


大抵の人が知りたいのは六法全書全てでなく目の前のケンカに勝つための法律だ。しかしそれだけでは弁護士にはなれない。刑法なら警察が動くが民法なら自分で証拠を掴んで民事訴訟しなくてはいけない。法的に解決するならだ。刑法違反でもバレなければ良いと思う人間もいるだろう。民法違反でも民事訴訟ではなく大勢でよってたかって文句を言って取り下げさせることもある。それはそれで正しいやり方なのだ。六法に適っていなくても物理に適っていれば事象は成立する。インド哲学みたいなものだ。


では俺がどうしたいかというと、情報処理技術者業務独占資格でないことの不服申し立てと民間医療を行っているオモチャ屋のおばちゃんの刑事告訴だ。


全部紐解いてみると他愛の無いことなのだ。