無いってわけでもないんだよね

「アメリカの移民入国禁止の差し止めを解除」というニュースを読んで入って良いのダメなのどっちなの?と頭が混乱してきた。5手詰くらいの詰将棋なら解けるので、なんだこれ3手詰かよと。ちょっと考えよう。

このブログは「分かりやすく」をモットーに書いてんだけど、俺は子供の頃から分かりにくいやつで「好きってわけでもないけど嫌いってわけでもなくて・・・」などとまどろっこしいことを言って自分の意志をハッキリさせず相手に決めさせるような言い回しをするやつだったんよね。

んで、それを分かりやすくしてみようかと。

先ずは二者択一のメリットが6:4の場合に4を捨てきれないとき。

次にイエスノーの確率が5:5の時で当たるか外れるか分からないとき。

たとえ確率的に9:1でも1が当たることはあるので、決めきれない時に自分では判断をくださずにまどろっこしく言い続けて相手が決めてしまうようにするってのが政治家的なやり方なんだよね。

「どっちかにしなさいよ!」という風にまどろっこしいことを指摘して相手に押し付けちゃうような相手は苦手だったけど、社会に出るとそうも言えない。

分からないってことでもないけど、未来のことは読み切れないことも多いから、決め事の責任を誰が持つかってのは会社組織なら「誰がクビになるか」という問題だし、こと俺のよくやっていたストリートファイターなら「ゲームが出た時に自分のキャラを決めてそれが不利でもアイデンティティのために取り続けないといけない」ということになるんかな。

そのへんが最近では「どのキャラが誰のものって訳でもないでしょう」って落とし所になって、それはそれで全うだと。 「キャラ選びは自由でしょ」だな。

また、例えば職業選択の自由が認められているのに医者には資格が必要というような法の矛盾にぶち当たった時。

これは長所短所やリスクリターンのような天秤の傾きとか責任とかそういう問題じゃなくて、分かりやすくすると「俺は良いけどお前はダメ」を無数の「こういう場合なら良くてああいう場合はだめ」に場合分けして手続きにしてるってことなんだよね。

このへんはもう、どっちかじゃなくて、殺人はダメだけど死刑執行はあり、銃刀法はあるけど警察は例外とか、分かりやすいところから始めて覚えるしか無い。

近頃は将棋のニュースが増えて楽しいです。詰将棋なら1冊150問あって順番に解くのが楽しくて、対局は相手次第で無数の展開になるので毎日遊べるんですよ。

5手詰めの問題を全部終わって今日から7手詰に取り掛かります。