品の良さがお金を生むわけではない

どんな質問でもウェブが何らかの答えを返してくれる便利な時代だけど、思考の出発点から間違っていたり、鋭い質問なのに答えが間違っていることもまだまだあると思います。

たとえば「お金持ちの思考法」みたいなの。まず、人がお金を持っているかお金を持っていないか色々あるかとは思いますが金持ちと貧乏という発想が既に、お金を持っているのはお金持ちであるから、貧乏なのは貧乏であるからという質問の自己回帰というか持ち物であるはずのものを本人の属性に転化してるじゃないですか。

これってつまり「才能や資質の問題である」という考え方なんですよね。お金持ちたるものお金の扱いが上手いことはモチロン、たとえ貧乏な身に落とされても能力で金持ちになると考えているから、自分は貧乏で何処かに金持ちがいて自分も金持ちと同じ資質や才能を持てば金持ちに成り上がれるって考えているわけですよね。

それに対しては問題が既に多岐にわたっている。能力とは勉強かスポーツか芸術なのか、貧乏な身に落ちても再び財を成す能力なのかそれともお金がある上での利殖の才に長けている人なら資本を奪われたら苦しいだろうし、その落とされた境遇にどんなものがあって才能と環境がまた一致するかどうかみたいな問題も関係しますよね。

んで、タイトルにしたことなんですけど、大してお金を持っていないのにすごく品が良い人というのを何人も見てきているんですよ。育ちが良いけど不運にも位の高い仕事に就けていないとでもいうか。そういう人に会うとすごく不思議な気分になるんですよね。場にそぐわない感じというか。

そういうことが頭に浮かぶのって、衣食足りて礼節を知るって話で、俺も生活自体にちょっと余裕が出てきて品の良さみたいなのも身に着けないと「とりあえずゲーセン行ってストリートファイター、そっから街ブラして外食」って最悪の生活習慣を断ち切ったまでは良いけど、社交場に出るには身だしなみとか立ち振舞とか色々とダメなんだろうなって。そういうの、見よう見まねで少しずつ出来る人から学ぶものですよね。ゴルフとかもその為って人もいるだろうし。

お金だけいっぱいあっても、なかなか使い方が金持ちらしくならない。それは金銭感覚も要因のひとつだけど、良い付き合いを作るための資質みたいなの、何とかしなきゃだよ。お金のゆとりから品が生まれるのであって、品を良くすればお金がついてくるってものでも無いと思うんですよね。