案外みんなそうかもな

「子供の頃に親から愛情を受けられなかった子供は大人になって協調性が無い人になる」みたいなことがネットにたくさん書かれていて、ちょっと飲み込みそうになった。いや確かに俺は子供の頃に親にあんまり遊んでもらえなくて今も協調性に乏しいけど、うちの親だって愛情の伝え方が不器用だっただけで、親父の場合は高価なおもちゃを買ってやるのが愛情でママの場合は口うるさく言葉でモノを言うのが愛情だったのかも知れないなと思うようになったんだ。だから自分も誰かと仲良くなりたかったらプレゼントするとか理屈っぽい話をもちかけたりするんだけど、それが噛み合わない人やプレゼントもらい得とか理屈っぽいこと言われたら自分の言葉にしてネットに書き込んじゃうとか、ひねくれて噛み合ってこっちが損したりすることもあるけど、いま自分が噛み合ってると思う相手ってひとりでコンピュータで遊ぶのが得意だったりするし、いびつ同士でなんか上手く行ってたりする。これ、昭和育ちに散見されるケースだよな。
というか、ゲーム制作の下請けで3ヶ月くらい派遣社員で働いた時にメーカーさんからは「たくさん買ってもらったからお返しの意味も含めて」と言われたけど現場の人からは「ミヤザワさんこのゲーム好きじゃない?」「遊んだことはありますけど」「そうでしょ、あのゲームとかこのゲームとか好きだからきっとこういうの好きだろうと思って上の人からざっくり指示は来てもみんな気に入ってもらえるように細かいとこ作り込んでんだよー」と教えてもらって、これってまさに愛だと思った。振り返っても遠回しでいびつだなって思うんだけど、心理学者がその場の言葉や表情のやり取りだけでコミュニケーションが取れているとか取れていないとか考えている以上に世の中にはその人の出来ることの範囲で本人が気づいてくれるかどうかギリギリのところで優しさが手を広げて待っているなと思ったんですよ。
そんなわけで、多分だけどお前らもパソコンの画面見て俺の書きなぐった文章に腹を立てているかも知れないけど、そんなことでなく後ろを振り返ったら色々の人に愛されて見守られているかも知れないからちゃんと気付いてやれよ。愛されなかった人が大人になったらって、愛されてなかったら大人になんて成れるはずのない世の中なんだよ。負けんなよ。いや俺も正直パソコン通さないと他人とどう関われば良いのか分かんないけど、パソコンの中は愛に満ちているんだぜ。あの島国大和でもよ、自分は子供の時に親にパソコンとか買ってもらって良くしてもらったから自分の子供も学校行かせてパソコン買ってやりたいって言ったんだよ。それが愛情表現じゃねぇか。