織田信長は「うつけ者」だったという話が近頃よく分かる

部屋で布団に寝転がって天井を見ながら満員の会場でゲームが終わって周りを見渡すという景色を想像していた。

俺はかねてからゲームの画面や内容について「このキャラのこの技でこう決めたい」というような想像を巡らせることはあって、よくゲーセンに通っていた。そして話というとゲームの内容の話に夢中であった。しかし、いつからか。多分ストIIターボの国技館大会から帰ってからだろう。街の片隅のゲーセンで遊んでいても全国大会優勝というのをどこか夢見た。

しかし、考えてみるとゲームの内容ばかり考えて、自分がステージの中央にいて周りの観客から声援を受けるとか、そういうことを本当に夢見ていたかと言うと、そんな想像はあまり巡らすものではなかった。もちろん、自分の想像の世界ですらそんなことに思い巡らすのはどこか気恥ずかしく、優勝したいと思ってみてもゲームを誰より強くなりたくて結果はそれに付随するものという感じの思考法だったのだろうが、恥も臆面もなく布団に寝転がってゲームで「勝った後」のことを想像してみたのである。

曰く、織田信長は「うつけ者」であったと伝え聞く。テレビゲーム「信長の野望」の映像イメージだと、まず日本地図があって、国々を織田の旗色に染めていって、それでまあ史実に則ると明智光秀に謀反を起こされるわけであって、ゲーム中の演出でも「まず天下を取って」「それから裏切られて」「秀吉があとにつく」と考えがちであるが、そもそも部下のことを腹心と呼ぶように周囲の人間が自分の意のままになると思っているから言い付けをして国を与え部下を与え自分が天下人であると想像をめぐらして天守閣に座っているのであって、裏切ってくる部下を要しているということは天下を取ったというのは表層的な問題で、実は各国は戦で一度負かされ表立った旗色は織田家の向きを見せているが、天下など取っていないに近しいのだ。

まあそれでもコンクリートの高層ビルが立ち並ぶ前には城からの眺めは良かったのだろう。そして、高台から人の住む街を見下ろすことはあっても、中央が下がっているドームのような場所の中央から周りに人が集まっているという景色というのは通常の生活では体験しにくいものである。学園祭や弁論大会で、体育館の台から生徒や教師が集まっているのを見た程度。

体験から想像を得て、その組み換えだけで夢を見て夢だけで満足できたら、してしまったら。どちらかというと、普段は人から見られるよりは人から見られないほうが気を使わなくて楽なのであるが。いちど注目される存在になったら、普段から気をつけないと簡単に失脚するのだろう。それで、今はと言うと満たされてはいるが怠慢な生活をしているので、どうせなら一度脚光を浴びてから失脚して今の立ち位置に戻ってこれるなら、そうしてみたい。