堀江社長「時間が勿体ない」

Gunosy(グノシー)夕刊にホリエモンの話が届く(現在実時間2013年9月2日)


事業に対するマネタイズの話題を振る記者に向かって「お金は50万から100万くらいで始められるからどうでもよくて時間は誰でも1日24時間だから大切なんですよ」「でも使えるお金が限られている人もいますよね、そういう人にとってはお金をどう使うかも大切なのでは」「お金は働いたら増やせるじゃないですか」といった問答。


俺が時間が欲しいと思ったのは音楽家を目指して音楽理論の本とシンセサイザーを買ってサラリーマンをしているとき残業して家に帰っても疲れて1時間ほどの自由時間も結局ビールを飲んでテレビを見てしまう。シンセの前に座っても作曲どころか譜面通りピアノを弾く事もままならない。焦った。このままだと年金貰えるまで働いても金だけ貯まって音楽なんてできない。時間が欲しい。


今はピアノは少しだけ弾ける。音楽はパソコン作曲に飽きて聴くだけになってる。ホリエモンが言う50万とか100万の金はどうにかなる。そして退屈している。でもガッチャマンを観る金はない。100万あってもだ。ここでガッチャマンを観る人は100万あってもアニメを100本見て事業とかはしないんだろうと思うし、それは選択の自由だ。


この話、ビジネス本界隈では当たり前に通り過ぎたライフワークバランスなんですよね。死ぬ間際に大金を持ってても意味無いじゃん、人生どっかで、特に貧乏な人ほど人生の若いウチからお金を作る努力を始めて、しかし貯金が趣味になってしまわないようにどこからか自分のためにお金を使い始めて死ぬまでに丁度使い切るようなバランス感覚があったらいいよね、という話。


あと家でパソコン3台とシンセサイザーを揃えて会社の机に古いパソコン1台だと会社にいるのが生産的活動ではなくただの我慢だと思うようになっちゃった時期もある。スマホを買うのって投資した商品をスキマ時間に使えるようにする合理性みたいなものがあるよね。俺はiPodで充分だけど。


ゲームクリエイターという人生目標はゲーム会社で勤めて飯を食うには画期的なゲームをああでもないこうでもないと思索するより、まず目の前の流行りゲームのフォーマットで新作をバンバン出さないとお給料がもらえない。これは目指した形と何かが食い違ってる。この中に歯車として組み込まれるのは辛いなと。その中に身を置いて逸脱出来る僅かな数人に自分が成れる根拠のようなものが見えなかった。


ホリエモンは賢い人なのに忙しさの中に身を置いてライフワークの天秤がどこか崩れているのを見落としているのではと思ったんですよ。働く事に喜びを感じる真面目さみたいなのが俺とは違うんだろうなと。何らかの形でホリエモンの眉間のシワが少しでも緩めば良いなと遠くから思うのでした。


今日はここまで(という括りを1日に3本書いている)